セントラルコア病

・はじめに ・セントラルコア病とは ・セントラルコア病の症状 ・発見方法 ・注意すること ・次女の軌跡 ・親の心 ・リンク

[はじめに]※文字が読みにくいときは ブラウザの表示の設定を変えてご覧下さい。

我が家の 次女は 「セントラルコア病」という病気です。病気と言っても 見た目にはとても病気が あるようには見えません。それは よかったことですが、あまり知られていない為に 病名だけを診断されるまで 5年かかりました。今は、この病気を扱ったことのある専門のお医者さんに かかることができ、安心して 日々を過ごすことが出来ています。しかし、その先生に出会うまでの 6年間は、何もわからない状態が 続き 精神的にかなりダメージがありました。もしも、過去の私達のように 苦しんでいる方がいたら 少しでも お役に立てたら いいな…という思いと 一般的に言う 普通にはいかない 人たちの気持ちを 少しでもわかってもらえたらと思って このページを作りました。「普通ではない=不幸」 のように思う人もいるかもしれませんが、そうではないです。例えば、とても可愛いアイドルと一般人をいちいち比較して 見たら そこまで可愛くないことを不幸に思うかもしれないけれど、でも それは比較のしようがないことだと思うし、 機械類を触るのが苦手な人が ビデオの録画が出来ないとき 出来る人にやってもらうように、出来ない ことは出来る人にやってもらえばいいと思います。私は それが実感としてわかるまで とても時間が必要でした。 でも もし自分が 事故にあったり、病気にかかったりして 今より不便な生活になることに 不安を感じる ということは 世の中が普通の人の基準で出来ているからだと思います。世の中から はみ出すことなく、それでも 楽しく生活しているのが 普通である世の中であったら きっと不安は 半減すると思います。 それを 私の力でどうこうしようなんて無理なことですが、少しでも そういうことを伝えることで 何かが少しずつ 変わっていってくれたら みんなが恐れなくていい世の中が出来たらいいな…と思っています。 そういう気持ちは あるけれど 私のこれが正しいから みんなそうしよう…ということでは ありません。 色々な 価値観があると思うから。こういう価値観もあるんだなっていう 気持ちで 読んでもらえたら と思います。
 

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[セントラルコア病とは]

遺伝の筋肉の病気です。正式には 先天性ミオパチーの中のセントラルコア病です。 先天性ミオパチーの中には 、ネマリンミオパチー、ミオチュブラーミオパチー、 先天性筋線維タイプ不均等症、ミニマルチェンジミオパチーとセントラルコア病があり タイプ的には 重症型・良性先天型・成人型があるようです。 重症型は セントラルコア病を除いたもので 生まれてまもない時期に 哺乳力が弱かったり 呼吸状態が悪いなどの問題がおこり、多くは1歳までに亡くなるそうです。 良性先天型は 生まれてすぐから 乳幼児期に 筋肉の緊張が弱く 歩行は可能ですが、 運動能力の発達に遅れがあるようです。非進行性、または極緩やかに進行するそうです。 成人型は 大人になって発症することです。(指導パンフレットから 抜粋)

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[セントラルコア病の症状]

新生児、乳幼児期早期から 筋緊張低下 および筋力低下がある。 身体の幹に近い筋肉を中心に呼吸筋、顔面筋、頚筋などが 弱く運動発達の遅れがあるが あまり進行しない。脊柱の側彎や関節の拘縮などの 骨格異常。腱反射は低下、または消失する。 などがあるそうです。(指導パンフレットから 抜粋) 私が実際みてきたことを 簡単に説明すると 乳幼児期の発達の遅れは 特に遅いというわけでは なかったけれど 確かにちょっと遅いかな?と思う感じです。 赤ちゃんの頃、足をばたばたさせると言うのも 他の姉妹が 激しかったのに比べ 次女は おとなしかったです。それと今はもうあまり気になりませんが、顔の表情が ”無表情”という感じです。笑顔が引きつった感じです。 これも後から先生に聞いた話によると 病気のせいだったそうです。 1歩がでるようになったのも 1歳2ヶ月くらいと そんなに すごく遅いと言うわけでは なかったです。ただ 歩けるようになってからは 階段を登るのは 1段1段で手すりにつかまって 手で体を引き上げているような感じです。ジャンプも 足踏みをしている感じです。 それから あまり早く歩かなければ 一見はわかりませんが、早歩きすると膝が曲がっていなくて 足が「ハ」の字になっている感じです。 走るというのも 早歩き程度の速度です。 これらは 今現在もそうです。ただ自転車は乗れないかな?と思っていましたが、 無理やり補助を取って 放っておいたら 平坦な道で乗れるようになりました。 脳などに影響はないようです。運動能力に対して 影響がでています。 それも 歩けるけれど 遅いとか 登れるけれど 手を使わないと登れないとか 一見では あまりわかりません。一応は出来ますが、少し足りないという感じです。 それと 少し疲れやすいようです。これも先生に聞いたところ、筋肉の中の細胞の一部が欠落しているので 少し疲れやすくなっているようです。

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[発見方法]

娘も検査は色々しました。血液、レントゲンなどの検査から 筋電図といって 針金を足にさして 筋肉の動きを測る検査もしました。(これは 痛いみたいです) でも 結局の所、病名がわかったのは 筋生検という 検査でわかりました。 これは、入院して行う検査です。上腕部を3、4センチ切って 筋肉を少しだけ取り 実際に 筋肉を見てもらう検査です。この時は 1週間くらい入院しました。 指導パンフレットを見ても やはり この方法で わかるもののようです。

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[注意すること]

セントラルコア病の注意する点は、全身麻酔による「悪性高熱」と「背骨の側彎」です。 「全身麻酔を してはいけない」ということではなく、麻酔のお医者さんに その旨を告げ それを回避できる 麻酔を使ってもらえば支障はないそうです。また、「背骨の側彎」は 前後よりも左右に曲がる可能性があるそうで、 これも 通院によって 経過を見ていれば、治療や最悪の場合でも 手術でよくなるそうです。 これらは、本人だけではなく 家族も注意する点です。遺伝性の病気なので 誰がかかっているかは わかりませんから。また 軽度のセントラルコア病の場合、この側彎の手術をするときに 初めて セントラルコア病だということが わかる方も 中にはいるそうです。 それから、筋肉の状態を維持させることと 肺の周りの筋肉を弱らせないために リハビリを行ったりもするそうです。 娘は、今の通常の動きで 筋肉の状態が維持されているようなので 特にリハビリはしていませんが、肺の周りの筋肉を 弱らせないようにするには、大声を出したり、歌を歌ったりするのがいいそうです。 補足ですが、部分麻酔なら 大丈夫のようです。我が家は、普通の歯医者さんにかかっています。

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[次女の軌跡]

平成4年9月
次女誕生。
 
平成5年1月
3ヶ月検診で形成外科に行くよう言われる。
平成5年2月
近所の小さめの総合病院へ。何もわからないまま リハビリを受ける事を勧められる。
平成5年2月
母親のショックから 病院にいかなくなる。
平成5年5月
近所の違う総合病院に行ってみる。
平成5年秋
近所の病院から 紹介を受けて 小児専門病院に転院。経過を見るのに 検査後は半年に 1回の通院と言われる。
平成5年秋〜7年
半年に1度の通院をしていた。でも 一向にらちがあかなく 精神的に親が参っていた。
平成8年
近所の大きい総合病院に 行ってみる。(上記とは別)
平成9年3月
筋生検をする。病名がわかる。病名がわかったが、病気のことを知っている先生がいなくて どうすればいいのかわからなかった。
平成9年〜11年
半年に一回の検診に通う。
平成12年2月
我が家にPCが来た。インターネットで セントラルコア病のことを調べてみたら 7件くらいヒットしたが 名前だけとか説明(写真)だけだった。「筋疾患」など色々検索した中で あるHPの方に メールを送ったところ その方自身が かかっていた病院で 院長先生ともお友達のようだから…と 仲介してくださった!そして 院長先生である 埜中先生と出会った。
平成12年3月
国立神経・精神センター武蔵病院へ転院。それから 今は 我が家からは ちょっと遠いが(車で片道3時間くらい)半年に一回、埜中先生に会いに行っている。
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[親の心]

これは 「セントラルコア病だから」というものではないけれど やはり 子供が病気だと親のダメージは大きいと思います。ただ病気という、それだけでもかなりのダメージですが、病気がどんな理由でかかり、どういう症状で どうすれば 治るのか、この先どうすればいいのか等が わかれば それなりに 心の行方も決まるけれど、何の病気だか、何でそうなったのか、治るのか、この先どうしたらいいのか 何も わからない状態が6年間続いたので ただでさえも”被害妄想”な私にはちょっと過酷でした。  

多分、第一の関門は 「この子の普通はこれだ」ということを受け入れることだったと思います。 ”普通”ってないっていうのは 言葉ではわかっていても 本当の意味は受け止められません。 最初に のしかかってきたのは 「普通と違う」ということでした。 「この子の普通はこれだ」と受け止めることがとても難しかった。他の子と比較してしまいます。 そして希望や期待を 抱けば抱くほど 自分の中の現実と理想のギャップで苦しみます。 私は 私自信が受け止められないのに 世の中に対し、「この子は 大変だから 優しくして欲しい」って 望んでいたのではないかと 思います。そう意識的に思っていなかったけど 多分 そういうことだったと思います。 「特別」を望んでいた。「あんた達に何がわかるの?」と思っていた。それが 私の中の 被害妄想だったと思います。 でも あるときから これはこの子の普通だと思えるようになりました。病気ではなく この子の性格だと 思えば 被害的に考えなくて済むようになりました。それは ”五体不満足”を読んだこと、今の病院の 埜中先生に出会えたことで そう思えたんだと思います。”五体不満足”の中で 得たことは沢山ありました。 それに 埜中先生とお話していて 「逆上がりは できません」と言われたとき 私は「出来ないんですか…」と 一気に、落ち込みモードに突入しました。それを察知してくださったのか、先生が「お母さん、今 逆上がりを 毎日しますか?」とおっしゃってくださった。それで はっとしました。単純かもしれないけど「逆上がりなんて毎日しないや」って すごく安心しました。本人にしてみたら 体育の時間 みんなが鉄棒しているのに 自分だけ出来ないのは 辛いかもしれないけど、だからといって 私まで「鉄棒が出来ないから かわいそう。」って思っていたら この子はもっとかわいそうなんだな…と実感しました。見方を変えたら 違ういい面も見えてくると 言うことが 埜中先生と乙武くんから 教わった気がします。だからといって 全部が全部 そうやって思えるかと 言ったら そうではないけど でも 前よりもずっと楽になりました。だから 今は 現実を受け止め ながら 子供と接して行こうと思っています。これは 次女だけではなく、長女、三女にも当てはまります。 子供を育てて行くのに 大事なことだと思いました。 だから 今は 全然被害的には 考えないようになりました。「どうすればいいか」と前向きに考えられるように なったからです。落ち込んだときは、これは この子に生涯でどうしても必要な事か?と自問します。そうすると そうでもなかったりすることもあります。

さかのぼりますが、3ヶ月検診の後 近所の病院に行ったとき 何の説明もないままに リハビリを勧められて 身障者の方が リハビリされている部屋に連れていかれました。そのとき 私は「うちの子は こういうことなんだ」と 頭の中で=で結んでしまいました。人には言えない感情が 沸き起こりました。「やだ」「こんな所に通わなきゃいけないの?」 「うちの子は障害者なの?」「何で?」こういう感情が 沸き起こりました。その時まで 私は 「福祉」とかについて 結構考えている人だと自分で思っていたけれど すごく差別する人だったんだと その後気が付きました。 差別していないと思っていても 実際そうなったときに こう思っていること自体が差別なんだと。 勝手に 「不幸」とか「かわいそう」とか「やだ」とか自分の価値観で 決めていました。 この文面を読んで 不快な思いをされた方がいたら 本当にごめんなさい。でも 少しでもわかってもらいたいから 本心を書こうと思います。今、私の中では 「身障者」「知的障害者」「健常者」等という言葉は 行政用語だと思っています。それが多くの人に伝わる言葉になってしまっているので 仕方なく使います。 どうぞ ご理解くださいますよう お願いします。
そして、そのままリハビリに通わなくなりました。受け止めたくなかったからです。 保健婦さんが心配して 来てくれても 「うちじゃそういうのは 必要ないです」と、「あなたが来ると 病気だと認めることになり 落ち込むので来ないでください」と とってもひどいことを言ったりしました。 それでも「じゃあ何か必要になったら声をかけてくださいね」と言ってくださったのに。 それからは 気にしたくないから もう病院は行かない…と思ってみたり、テレビや本などの媒体で 病気を持ちながら 一生懸命生きてる人を見かけると 病院に行ってみたり…の繰り返しで 無意味なことばっかりしていました。 その時ばっかり考えて 先のことなんて 考えていなかったからだと思います。 子供が大きくなって 私たちが死んでしまったら この子はどうやって生きていけばいいんだろう…と考えると 不安が襲ってきます。子供が大きくなるにつれて 小さい頃には 起きなかった問題もでてきます。 何が きっかけだったか 本当に定かでは ないけれど 今まで 自分の気持ちで 通院したり やめたり を繰り返していて わからない、出来ないと決め付けていたように思いました。やってもいないのに 諦めたり、中途半端なのに諦めたりしていたんだと 思います。そして 保健婦さんに電話して 「前は、あんなこと言ってしまったけど 私も現実を受け止められたと思います。だから 協力してください」 といいました。私だったら 「なんて都合のいいやつだ」と思うから なんと言われても しょうがないと 覚悟していたんですけど、保健婦さんは「よく電話してくれましたね。」と そして「よく認められましたね」と 誉めてくれました。そこで そう言ってくださったから 私のやる気にも 拍車がかかったようにも 思います。それから 納得できる病院を 私と保健婦さんで 探そうってことになり 県の福祉課や市町村の福祉課、病院などに 直接電話して色々調べてみました。私の希望の「日本国内でセントラルコア病を扱ったことのあるお医者さん」というのに添って 保健婦さんの知り合いのお医者さんの後輩や先輩の方に 声をかけてもらったり 私自身も 大きくて有名な 病院に直接電話して 聞いてみたりしました。友達も協力してくれて 親戚の病院関係の人に 色々聞いてくれたり しました。

結局、最後にあがったのが 私の方で連絡してみた武蔵病院と 保健婦さんが調べてくれた 以前行ったこと のある病院でした。その以前行っていた 病院の先生は セントラルコア病をご存知だったようですが、 結局そこでは 病名もわかりませんでした。検査はしてもらいましたが、明らかに重度の障害を持っている 方が優先で うちのように 見た目にはなんの変わりもない子は 後回しで いつまでも 変化が見られなくて 変えた病院です。確かに 重度の方が優先なのは 当然です。だけど いつまでもそうだったら うちも困ります。 その病院や 先生を否定する気は ありませんが、我が家にとっても 大問題なので それを理解し診て くれるお医者さんのところに通いたいと思いました。それで 武蔵病院へ行きました。 埜中先生は とてもユーモアのある先生で 何気なく親も子供も励ましてくださいます。 そして何より 娘を”普通”に扱って下さいます。例えば 血液採取したあと 看護婦さんに「偉いね〜」と 誉めてもらって それを娘が先生に鼻高々で報告すると「もう小学2年生でしょう?それくらいは 出来て当然だな!(笑)」と。 レントゲン写真を見たときも 「お 頭いいな〜」と何気なく励ましてくださるのが 私達にはとても ありがたいことです。

自分の中で 辛いこともあったけれど 今は相手に求めなくなりました。前は 娘の同級生に「なんで 歩くの遅いの?」 と言われると なんて答えていいのかわからなかった。その上 心の中では 「なんで そんなこと言うの?」と 思っていた。でも その子にしてみたら 自分の周りにそういう人がいなくて 初めて自分と違う子を 見たとき「何でだろう?」と思うのは 当然だと思うし…別に 変な意味で言ってないのに 私が被害的に 取っていたんだな…と思います。今は 答えられるようになりました。「足がね 病気なんだよ」って。 それに 前は私自身が 学校で「特別にして欲しかった」気がします。でも 特別に扱われることで 娘は悩むんだと気が付きました。学校の体育で かけ足のとき みんなは 外側の青い線を走り 娘は内側の 赤い線を走っていたそうです。友達は「何で あの子だけ そこを走るの?」。他の子からしてみたら 「ずるい」って思うんだろうな…って。それは当然のことだって 思いました。その上 そう言われることで 娘は傷ついていました。だから 先生に 「同じところを 走らせてください」とお願いしました。 それから「みんなと同じに 扱ってください」ともお願いしました。例えば 遠足のとき 娘の手を引く、椅子を運ぶとき 先生が手伝う、 といったことを やめてくださいといいました。極端に言えば 階段から落ちてもいいから 手伝わないでください…と言いました。 それからは 心を鬼にして 見てみぬふりをしてくださっているそうです。 今の小学校では 学校のみんなが そうやって親切にしてくれるけれど 世の中にでたら  そうとは限りません。今 ぬくぬくとそれが当たり前になってしまったら 娘はきっととても傲慢な 人間になってしまう気がしたから。娘にも 「みんながやってくれると言っても 自分で出来ることは 自分で しなさい。みんながやってくれないことでも 自分でできなかったら お願いして手伝ってもらいなさい」と 言っています。みんなが手伝ってくれるのが 当たり前とは 絶対に思って欲しくない。それに 人から「なんでそんな歩き方なの?」と聞かれたとき、 「私は 病気だから こういう歩き方なの。」って 堂々と言える子になって欲しいです。

今 私が思うのは もしかすると 明日、自分が 車椅子の生活になるかもしれない…。それは 誰にでも おこりうる可能性のあることで それを考えたとき 「怖い」と感じるのであれば 自分がして欲しい対応を 障害者に向けていけば もっとみんなが住みやすくなるということです。 私は だいそれたことは出来ないけれど 自分の周りでだけでも そうやって出来たらいいな…と思っています。 これからも 多分 色々なことで 立ち止まったりすると思いますが、冷静さと前を見るといことは 忘れないで いきたいと思っています。早く”ヒトゲノム”が完全に解読されて このような遺伝の病気の 原因等がわかったり、遺伝子治療ができることを 心から祈っています。

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[リンク]

セントラルコア病関連のHPのリンクです。サイト名またはバナーをクリックしてください。段々増やしていきたいです。セントラルコア病や先天性ミオパチーに関する情報を掲載されているHPをご存知でしたら、連絡ください。 

自由気ままに
個人でセントラルコア病のことを掲載してくださってます。私に埜中先生をご紹介してくださった佐々木さんのHPです!
国立神経・精神センター武蔵病院
娘の通院している病院のホームページです。
悪性高熱症ホームページ
東邦大学付属大森病院の麻酔科のお医者さんが 書かれた悪性高熱についてページです。

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