出産〜その2〜
![]() ![]() 初めての出産から 2年7ヵ月後、2回目の出産をしました。ゆりです!私は 21歳でした。
ゆりを産む前は 排卵しなくなってしまっていて 少しの間、不妊治療に通いました。卵管が詰まってしまって ”通水法”という 卵管に水を通して
つまりを治す治療をして 排卵するようになったのでした。2人目がなかなか出来ないという人が 結構 同じ時期に通院していて、やっぱ環境ホルモンのせいなのかな〜?と
今となると思いますが…。
ゆりを産んだとき時は あいりの時と 同じ先生でした!その先生は ”松田聖子”の娘の沙也加ちゃんを取り上げた先生で この辺では 結構有名な先生でした! 1回目の悪夢があったので(笑)先生も ゆりを産むときは 「最初から 無痛にしたら?」と言っていました。でも 私は 「頑張る!」と言いはって 先生が 「途中からやるとリスクがあるから やるなら最初から やったほうがいいよ」という言葉にも「今度は絶対大丈夫!」と胸を張っていたと思います…。 ゆりを妊娠中は 6ヶ月で 陣痛が来てしまって 子宮口が開いてしまうというハプニングがあって 入院して 子宮口を縛りました! それで 36週に入ってから 抜糸しました。でも 元々 微弱陣痛みたいなので 糸を外しても 陣痛はきたものの全然本格的にならなくて すごく不安な日々を送っていました。38週に入るまでに 何回も 陣痛がきてたので もう入院して 陣痛を起す!ということになり 38週で 入院しました!前日の夜 子宮口に 入れると膨らむ風船みたいのと 子宮口を開かせるために 針みたいのを指した記憶があります。 それをWでやって 寝る前に 錠剤の陣痛促進剤を飲んで、翌日 朝9時から 点滴をしました。前回 効きが悪かったので かなり 早い速度で 点滴が 落ちていたけど あとから 急に陣痛を起すから 痛みも通常よりひどい!と言われて 納得!(言い訳かも…笑) 色々やったので 前回よりも早く 陣痛は 本格的になりました。お昼ごろには 苦しくて もう 死にそうでたまらなかった。 でも 頑張る!と思っていたので 我慢していました…… が、やっぱり 根性ナシの私には 出産間近のあの痛みは 耐えられなかった! 大騒ぎして もう 息が乱れてしまったら もうどうしていいのかわからなくて 頭の中 真っ白だった!ただ 痛みだけが ガンガン襲ってくるから 声を出すなと言われても 声を出さずには いられないし…。で 言ってしまったの〜。泣きながら…(笑)「お願い!無痛にして〜〜〜!!」と…。 「無痛にして〜」とずーっと叫び続けてたけど 先生は 「頑張るって言ってたでしょ?」と言って 全く取り合ってくれない。確かに私が言ったよ。それは 覚えてるけど その時は もう ど〜にかして 無痛にしてもらうことしか 頭になかったと思う…(笑)泣いて お願いしても 全然取り合ってくれなくて また 私は分娩室に一人になった。 前回の教訓なんて とても考えてる余地もなく 「せんせ〜〜いぃ〜〜〜!かんごふさぁぁ〜〜ん〜!」と泣き叫んでた(絶対、コイツには学習能力ない!って思われてたと思う…笑) でもさ〜 もう恥ずかしいとか 情けないとかよりも ど〜にかして この痛みをなくしたいって言う 本能の方が強かったんだよね… 先生が 様子見に来てくれたとき 「もう 無痛にしてくれないなら 殺して〜〜!」と 言ってしまった…(笑)そしたら しばらくして 先生が 麻酔セットもってきてくれたの…(笑) もう コイツには 「頑張る」なんて言葉は 1ミリ足りともないって わかってくれたんだと思う…(笑) そして また私は 出産の瞬間まで 分娩台の上で寝てしまいました…(笑)でも 2人目の余裕(?)なのか、あいりのときは わからなかった 下におりる瞬間が自分でわかって 「はっ」と おきて 「せんせ〜い!産まれそう〜」と自分で言えたのは ちょっと進歩…(って言っても 他の人に比べたら すごい小さい進歩だけど…(T-T)) それで、3時03分に ゆりは生まれました!丁度 面会時間の始まりで 様子を見に来てくれた パパのお父さんが ゆりの 産声を聞けたの〜! それから 退院するまでの間、看護婦さんにも 他の先生にも 笑われまくったのは 言うまでもありません…(笑)私は元々子供は3人欲しいと思っていたので その時 心の中では 「次回は絶対…」と 思っていたけど さすがに誰にもいえませんでした…(笑) その3へ続く… |
|
|||
|
|