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戦史FAQ目次

戦艦「三笠」用ヴィッカーズ社製3段膨張式3気筒レシプロ蒸気機関

(画像掲示板より引用)


 【link】

●書籍

『海の史劇』(吉村昭著,新潮文庫; 改版,1981/5/27)

 これは絶対読んでおくべし!
 ミリタリーものとは言えないかも知れないが,本当にお薦めの一冊!!!

------------軍事板,2001/05/30(水)

『ツシマ』(ノビコフ・プリボイ著,原書房,2004.8)

 面白い.
 最初に手に取ったとき,帯に「第一回スターリン賞(うろおぼえ)受賞云々」と書いてあって,少し驚いたことがある.
 「坂の上の雲」ではよく引用されていたが,実際に読んでみて,良くも悪しくも引用のテクニックは重要だと,あらためて気づかされた.
 たしかに「スターリン(?)賞」受賞作品だわ.

------------Mk-46:軍事板,2001/06/03(日)

『東郷平八郎』(下村寅太郎著,講談社学術文庫,1981/7/8)

 おおもとは,昭和18年の雑誌連載.
 戦後,一度「明治の日本人」に収録されたものが,底本とのこと.
 各段階で,文章内容にどのていど手を入れてあるのかは,ちょっとよく分からない.

 構成としては本文6章.
 うち3章は人物評で,のこり3章が日露戦争について.

 正直,今でも価値を残しているのは,前半の人物評の部分のみだと思う.
 ここは(人物評価の妥当性はともかく)筆が活きている.
 マ提督やロ提督への素直な賞賛や,加藤友さんの意外な趣味などなど,ストレートにおもしろい.

 後半の,とくに「戦術」の章はかなり厳しい.
 戦術には国民性が強く反映されているという主張なのだけど,人間,刀や槍で刺されれば死ぬし,弓矢鉄砲もまたしかり.
 そこに「国民性」がどれだけあるのかは,微妙じゃないのかな.
 そのあたり,具体性のある記述があれば面白いんだけど,他国との比較などはほとんどなく,日露戦争の勝利は国民性の勝利という主張以上のことを読み取れなかった.

 日本海海戦直前の津軽・宗谷方面への移動云々について,それなりに触れてあるのが,これは戦中から周知のことだったんだなぁと,
 個人的にはこれくらいが,後半部分の収穫.

 学術文庫にしては安めの価格だけど,日露戦争や東郷長官を知るためなら,今もっと良書があるだろうし,一種のコレクターズアイテムに近いのかも.

------------軍事板,2012/03/27(火)

『東郷平八郎 失われた五分間の真実』(菊田愼典著,光人社,2005.7)

 読了.
 内容は・・・黄海海戦で2時8分,島村参謀長と秋山参謀との間で南東に舵を切るか,北東に舵を切るかで,3分ほど意見が分かれて,東郷は島村案に賛同.
 しかし,その3分がたたり結局,日没まで3時間以上,敵を砲撃距離に収めるまで苦労したという,山本英輔の見聞記事(水交社)を引用し,東郷は秋山を嫌った.
 だから日本海海戦では敵前大回頭以降,
「司令長官と参謀長以外は,みな艦橋からおりろ」(参謀を分散させたのは史実だけど)
と秋山を除けた・・・と信じると作者は言う.

 さらに上村艦隊(第2戦隊)の独断専行を,第一戦隊の射撃を妨害した5分間だと切り捨てる.

 筆者は防衛研究所戦史部OBというけど・・・・
 うーん,そんなものかね.
 無闇に通説への反論をこじつけているようにしか読めなかった.

------------軍事板,2012/01/29(日)

『日本海海戦かく勝てり』(半藤一利著,PHP文庫,2012.5)

『もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から』(コンスタンチン・サルキソフ著,朝日新聞出版,2009.2)

『連合艦隊vsバルチック艦隊 日本海海戦1905』(ロバート・フォーチェック著,大日本絵画,2010.1)


 【質問】
 造船能力に劣る日本は,日本海会戦のような決戦の日までできるだけ戦力を温存しておきましょうという方針 だったのでしょうか?

 【回答】
 ロシア太平洋艦隊と,バルチック艦隊が合同されると対抗できなくなることと,さらには直接的な脅威として朝鮮半島以北で行動する日本陸軍の補給線を寸断するための通商破壊戦が行われていましたので,日本海軍は開戦当初より積極的に活動しました.

 ロシア海軍は増援を待てばよいわけで,日本海軍主力が出れば旅順要塞の要塞砲の射程内に逃げ,主力が帰還すると通商破壊に出撃するという作戦をとっています.

 むしろロシア海軍の基本戦略のほうが艦隊保全でした.
 だから旅順要塞の攻略が非常に重要だったわけです.
 旅順要塞の攻略に際して,ウラジオストックに逃走する艦隊相手に発生したのが黄海海戦です.

 日本海軍主力がバルチック艦隊来航前に2ヶ月動けないとされたのは,艦隊の休養整備補給にそれだけの時間がかかるというものであって,艦隊保全主義ではありません.

軍事板
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 東郷提督が連合艦隊長官に推挙された時に「東郷は運がいいから」,と言われたそうですが,そんなに運が良かったんですか?

 【回答】
 東郷提督の強運を示す例として黄海海戦の時を挙げるが
・ウラジオに逃げようとする旅順艦隊の戦艦レトウィザンが浸水,艦隊の速度が低下し,連合艦隊が砲戦を仕掛ける時間が増えた.
・海戦で乗艦の三笠は被弾20発以上の損傷を受けるが,露天艦橋にいた提督はかすり傷一つ無し.(周囲は怪我人続出)
・三笠から放たれた砲弾が敵旗艦ツェザレウィッチの艦橋に二発も命中.
 これにより旅順艦隊の首脳陣が全滅し,その混乱で艦隊は大打撃を受けた.
と言った例がある.

 まあ,「運」だけが推挙理由ではないようだが.


 【質問】
 日露戦争の時の日本海軍将兵は,自分たちは勝つと思っていたの?

 【回答】
 人によって様々だったろうが,以下は一例.


~~於戦艦富士~~


/ 敵艦見ユ  \
 総員合戦準備!

~~~~~~~~~~~~~~~~~ヽ
                         (
日本がもし負けたら              ヽ
いつたい,だふなつてしまふのだらふか・・・  )
                           (
~~~~~~~~~~~~~~~~~~ノ
    O
    o      __,,___
  ヽ=v=ノ    γ⌒ヽ  ヽ   ~~'''''''────────ヽ
  (,,゚д゚) y  ( ()  )  )//⌒\   拾弐インチ砲   )
  / つ つ   ゝ,__ノ  ノ// ○ \────────'
~(__ノ       ̄ ̄~//      \
                ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\    ヽ=v=ノ
  西田三等兵曹!        >   (゚Д゚,,)
  手を休めるでない!!  /    ⊂| 。∪|
  __________/       | 。 │
                        ∪∪

 かう考へると頭がガンガン鳴つてきて手が動かず,涙がこぼれて仕様がなかつた.

軍事板


 【質問】
 北米航路船舶への日露戦争の影響は?

 【回答】

▼ 歴史家のJohn Curtis Perryによれば,日露戦争直前までの状況は次のようなものだったという.
,日清戦争によって海運業と造船業についての危機意識が高まった結果,1896年に日本政府は双方への助成金制度をスタートさせ,その助成金と,労働賃金&経営コストの安さ,日本国内での企業合同により,日本の船会社は太平洋航路における国際競争で優位に立った.
 三菱グループが海運業と船舶業を支配し,そのグループの海運会社である日本郵船(ジャパン・メール)は,やがて世界最大の船会社になった.
 しかし太平洋航路の貨物量はヨーロッパ航路の半分以下であり,日本からアメリカへの輸出総額の3分の2は生糸だったという.
 日本の生糸輸出の90%はアメリカが輸入し,その大部分は高級靴下の材料となった.

 日露戦争が勃発すると,日本は小麦粉から蒸気機関まで,あらゆる物の輸入を急ぐようになり,ピュージェットワンからの出荷量は急速に伸び,カリフォルニア港のそれを抜いた(前者から出港すれば,後者より2日早く日本に到着できた).
 日露戦争は北太平洋貿易を刺激し,ジェームズ・ジェローム・ヒル,エドワード・H・ハリマンという当時の鉄道王に,国際事業計画の夢を掻き立てた.
 ……結局,両名とも挫折することになるのだが.

 詳しくは,『西へ! アメリカ人の太平洋開拓史』(John Curtis Perry 著,PHP研究所,1998.11.4),p.280-281,266-270, 246-256を参照されたし.

消印所沢

 日本郵船が北米航路に最初に投入したのは1883年に英国で竣工した3,300総トン,