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◆反戦平和主義
総記FAQ・目次


 【Link】

「kojii.net」:"ネット右翼" といういい加減な言葉

ストックホルム研究所

裏日本観察学会」:やるったらやる夫:やる夫が「平和主義」に興味を持ったようです

『民間防衛』(スイス政府編,原書房,1995)


 【質問】
 戦争は,人道から外れたいけないことではないのですか?

 【回答】
 戦争は,人道から外れたいけないことには間違いがありません. 不特定多数の人が,死に,傷つくからです.

 でも,戦争は起こってしまいます.
 戦争は,基本的に国家が起こします(あくまでも,「基本的には」).
 それは,原則として,国家が,その国の国民の幸福を追求するものでしかないからです.
 それぞれの国がそれぞれの国民の幸福を追求していくところ, 他国との争い事は出てきてしまいます(緊張状態).
 普通は,人間の喧嘩がそうであるように,口喧嘩(外交交渉)が行われます.

 これで,喧嘩の種に納まりがつかなければ,手が出て,足が出るということになります.
 まあ,最初の軽いど付き合い(武力衝突)を,「紛争」「事件」「事変」などといった言葉で粉飾することもあります.
 最終的には,「口でわからん奴には,拳で教えてやる」とか言いながら(宣戦布告), 本格的な取っ組み合いの喧嘩……それが戦争です.

 基本的には,喧嘩がはじまる原因となったいさかいが納まれば,戦争は終わりになります.
 取っ組み合いに疲れて,いさかいが起きたことに関して,もう1度話し合いをしようということになるかもしれない(和平).
 どっちかが,叩きのめされて,一方的に泣きを入れることになるかもしれない(降伏).
 時には,他人(他国)が話し合いに戻るように仲裁に入ることもあるでしょう(国連とか).

 ただ,ボロボロにされているのに,頭に血が上って引っ込みがつかないから, 戦い続ける事だってあるでしょう.
 そうしているうちに,いさかいの種なんてどうでも良くなって, ただ単に,相手が憎いから,ぜってー喧嘩をやめねえ…ということもありますね.

 さらには,回りを見渡すと,時には,目が合っただけで,気に食わないという理由にならない理由で, 喧嘩を仕掛けてくる人もいると思いますが,,戦争の場合も,それに近いことがあります.
 時には,ナイフや鉄パイプを持っているDQNもいますけど, 国の場合にも,核爆弾とか化学兵器とかを持っているDQNがいます.
 そういうのは,困ったもんですね.

*   *   *

 戦争根絶は人類の悲願と言えます.
 しかし,現在のように対等の主権を持つ国家が並列する状況では,人間の間にまったくケンカがなくなることはないのと同様,国家の利害の衝突が戦争に発展する危険性は常にあります.
 残念ながら,「戦争反対」のスローガンを叫ぶだけでは解決しないようです.
 例えば,永世中立国として知られるスイスも,次のように述べています.

 平和と自由は,一度それが確保されたからといって,永遠に続くものではない.
 スイスは,何ら帝国主義的な野心を持たず,領土の征服などを夢見るものでもない.
 しかし我が国は,その領土を維持し,自ら作った制度を守り続けることを望む.

 そのために力を尽くすことが,我が国当局と国民自身の義務である.
 軍事的防衛の準備には,絶えざる努力を要するが,精神的防衛にも,これに劣らぬ力を注ぐ必要がある.
 国民各自が,戦争のショックを蒙る覚悟をしておかねばならない.その心の用意なくして不意討ちを受けると,悲劇的な破局を迎えることになってしまう.

「我が国では決して戦争はない」
と断言するのは軽率であり,結果的には大変な災難をもたらしかねないことになってしまう.

(スイス政府編「民間防衛」,原書房,1995/3/12,p.25)

 では,根絶するには現実的にどうすればいいのか?
 いかなる学者もこの問題に答を出せてはいません.
 いわゆる「地球政府」も,その樹立に至る過程で反地球連邦主義者との激しい戦いが発生するでしょう.

 また,以下のような試みも行われましたが,結局は失敗しています.

 私は13年間,外務省の委託で事務局長特別顧問を務め,ユネスコの「伏魔殿」の深刻さを身をもって経験した.

 そもそもユネスコは,国連本部,とりわけ安全保障理事会を中核とした「力による平和」の維持というレアル・ポリティーク(現実政治)に対し,平和という目的を達するために,平和的な手段を選ぶという理想主義を原点としている.
 古代ローマ以来,「平和を望むなら戦争に備えよ(Si vis pacem para bellum)」が為政者の常識とされてきた.
 しかし,進化論に立つ動物学者,初代事務局長のジュリアン・ハクスレーらの高度な知性を誇る創始者達は,この常識に挑戦する.
 人種差別・貧困・社会的不正・政治・言論の抑圧など,戦争の原因を取り除くには,教育・文化・科学・コミュニケーションという手段を通じ,地道に人間の意識改革をする必要がある.それがユネスコであり,そのために世界の叡智を集めて智恵を絞ろうとしたわけである.

 事実,初期のユネスコには優秀な人材が集まり,草創期の熱気が見られた.
 例えば,あまり知られていないが,既に1949年,戦争の記述に関する教科書の見直しが,専門家を集めて綿密に行われ,1952年には,特に2度に渡る大戦の原因となった独仏の教科書改訂が,ユネスコの枠の中で実行された.
 〔略〕

 世界の叡智を結集する場は,憲章第5条に基づく執行委員会で,国の代表としてではなく,個人の見識でメンバーが選ばれた.インドの故ガンジー首相などは,イギリスの推薦でその栄えある座を得ている.
 つまり,いわば知識人のサロン的雰囲気で,広い意味の文化が話し合われたのである.
 職員も,難しい試験を通った人達を,シャトーに集めて厳しい研修をした.

 けれども,この「文学青年」や「科学的知性」によるサロンの雰囲気は,冷戦の進行と途上国の大量参加で,脆くも現実政治の前に潰えてしまった.
 〔略〕
 執行委員会もサロンから,東西南北のイデオロギーが戦わされる,労使の団体交渉のような怒号の飛び交う場となってしまったのである.

(磯村尚徳「日本人はなぜ世界が読めないのか」,
朝日出版社,2003/1/31, p.136-137)

 「どうしたって,起こるときには起こるんだ」という見解の人もいます.

 「災害」などと言って,あれらは来るべきものに非(あら)ズ≠ナあり,あれに巻き込まれるのは人間の知恵が,努力が足りない,とまで言っているのぼせ加減.「死ね,バカヤロウ」である.
 〔略〕
 人間を,それも多数の人間を一つのモノの尺度で測ろうとしたことに無理があり,その無理を正当化することを常識とか,学問とか言ってるのだろう…….
 だから嘘が見えるのだ.
 所詮人間なんざァこの地球に無理をして生かしてもらってるのだ.
 そして,その「無理」はどう説明しても「無理」なのだ,と落語は昔から言っていたのに…….
 それらのことをどっかで大人は識(し)り,それを子供に教えないとイケナイのにテレビは言う.あってはならないことなのに……とネ.
 火山があるから温泉がある.火山はいつ爆発するか判らないなんざァ当たり前のことなのだから,それを来る訳がないとムリに安心させているから,この始末となる.
 なら,落語じゃないが,「天災と諦めろ」である.
(1995年)

 家元・注 戦争とてその通り.二度と戦争を起こしてはならないと誰しも言い,吉永小百合なんてバカァ,知りもしねえ広島で反戦の詩を読んだという.
 このバカァ含めて日本人,この戦争に勝っていたなら,これだけの犠牲を払ったとて,誰一人もう戦争は嫌だ≠ニは言うまいに.嘘をつけ≠ナある.

『談志人生全集』第3巻(講談社,1999.12.15),p.26-27
太字:原文ママ

 差し当たり,古代ローマの格言,「平和を欲するなら,戦争を理解せよ」に習い,もっと戦争を理解すべきであろう,というのが当方の考えです.

 【格言】
 戦争に含まれている粗野な要素を嫌悪するあまり,戦争そのものの本性を無視しようとするのは,無益な,それどころか本末を誤った考えである.(クラウゼヴィッツ『戦争論』)


 【質問】
 「平和」とは何か?

 【回答】
 地政学者・奥山真司によれば,「平和」とは何からの政策によって生まれた「結果」の状態のことであり,その「平和」という状態を作った「原因」が,「政策」やら「戦略」ということになるのだという.
 そして,リアリズムや地政学では,「平和」というのは戦争の間の休止状態である,という思想があるように感じられ,「戦争というのは平和のために行うものである」ということをハッキリと明言しているものさえあるという.

 また,彼によれば,日本人の間では「平和」というのは,追求すべき「政策」や「戦略」だと思われているようなフシが多く見られるという.

 最後に彼はこう述べている.

>やはり日本の常識は世界の非常識,というのはまんざらウソでもないようで.

 詳しくは,『地政学を英国で学ぶ』,2005-08-10-07:06付を参照されたし.


 【質問】
 みんなが平和を願えば,戦争はなくなるんじゃないの?

 【回答】
 望むだけでは平和になりません
 他国を攻めるのは自国の意思で防げますが,他国が自国に攻めてくるのを防ぐには,残念ながら防衛力しかありません.
 以下,スイス政府編『民間防衛』(原書房,1995)より.

〜〜引用開始〜〜
 世界とともに平和に生きることを欲しないスイス人があろうか.
 戦争を非としないスイス人がいるだろうか.
 われわれが軍隊を国境に置いているのは,他の国がわれわれを平和に生きさせておいてくれるためである.
 人類の幸福は,われわれにとって重要なことだ.われわれは力の及ぶ限りそれに貢献している.たとえば赤十字の活動,開発途上国に対する援助,戦争状態にある国の利益代表など.ところが,現実はこのとおりである.
 それを知らないとしたら,われわれは,お人好しであり,軽率だということになるだろう.われわれを取り囲む国々が武装し続ける限り,われわれは国家の防衛を怠ることはできない.
 ヨーロッパで対立する交戦国によるスイス攻撃の可能性を,われわれは,最近の二つの大戦の経験にかんがみて,よく考えなくてはならない.
 潜在的は敵を仮定−−その宣伝文句に基づいて判断することは,たとえその宣伝文の中に,聖書の文句が引用されていようとも,できないことだ.われわれは,にせ平和主義者たちが,武装するのをやめないでいることを確認している.われわれの信念は誠実なものである.われわれは,だれ一人殺そうとするつもりはないが,ただ正当防衛を確保しなければならぬ.
 われわれが武器を使用せざるをえないようなことがないように!われわれは,これ以上に真摯な願いを持たない.
〜〜引用終了〜〜

 また,同書では,ある全体主義国家が民主主義国家を攻撃する場合,実際の軍隊を動かす前にまずは武力を伴わない心理戦・情報戦を仕掛けると書いてあります.
 具体的には,全体主義国家から民主主義国家にスパイ活動を行う工作員を主要箇所にもぐりこませるのです.
 どのような場所なのか,またどのようにして賛同者を増やしていくのか方法が書いてあります.
 また,どのような人間が工作員に騙されて賛同者となってしまうかも参考になります.

−−引用開始−−

 ヨーロッパ征服を夢みる,ある国家の元首が,小さなスイスを武器で従わせるのは無駄だと判断することは,だれにも納得できる話である.
 単なる宣伝の力だけでスイスをいわゆる「新秩序」の下に置くことができると思われるときに,少しばかりの成果をあげるために軍隊を動かしてみたところで,何の役に立つだろうか.
 国を内部から崩壊させるための活動は,スパイと新秩序のイデオロギーを信奉する者の秘密地下組織をつくることから始まる.
 この地下組織は,最も活動的で,かつ,危険なメンバーを,国の政治上層部に潜り込ませるようとするのである.
 彼らの餌食となって利用される「革新者」や「進歩主義者」なるものは,新しいものを待つ構えだけはあるが,社会生活の具体的問題の解決には不慣れな知識階級の中から,目をつけられて引き入れられることが,よくあるもんだということを忘れてはならない.

 数多くの組織が,巧みに偽装して,社会的進歩とか,正義,すべての人人の福祉の追求,平和という口実のものに,いわゆる「新秩序」の思想を少しずつ宣伝していく.
 この「新秩序」は,すべての社会的不平等に終止符を打つとか,世界を地上の楽園に変えるとか,文化的な仕事を重んじるとか, 知識階級の耳に入りやすい美辞麗句を用いて・・・・・.
 不満な者,欺かれた者,弱い者,理解されない者,落伍した者,こういう人たちは,すべて,このような美しいことばが気に入るに違いない.
 ジャーナリスト,作家,教授たちを引き入れることは,秘密組織にとって重要なことである.
 彼らの言動は,せっかちに黄金時代を夢見る青年たちに対して,特に効果的であり,影響力が強いから.
 また,これらのインテリたちは,ほんとうに非合法な激しい活動はすべて避けるから,ますます多くの同調者を引きつけるに違いない彼らの活動は,”表現の自由”の名のもとに行われるのだ.

−−引用終了−−

 戦争なんて,日本人なら誰も望んでいません
 しかし,その心を利用されないように気をつけなければならないのです
 スイス政府がスイス国民に配布していた『民間防衛』という本に一度,目を通してみてください

 一部抜粋します.

−−引用開始−−

外国の宣伝の力

 国民をして戦うことをあきらめさせれば,その抵抗を打ち破ることができる.
 軍は,飛行機,装甲車,訓練された軍隊を持っているが,こんなものはすべて役に立たないということを,一国の国民に納得させることができれば,火器の訓練を経ることなくして打ち破ることができる・・・・・・.
 このことは,巧妙な宣伝の結果,可能となるのである.

 敗北主義−−それは猫なで声で最も崇高な感情に訴える.−−諸民族の間の協力,世界平和への献身,愛のある秩序の確立,相互扶助−−戦争,破壊,殺戮の恐怖・・・・・・.
 そしてその結論は,時代遅れの軍備防衛は放棄しよう,ということになる.
 新聞は,崇高な人道的感情によって勇気付けられた記事を書き立てる.
 学校は,諸民族の間との友情を重んずべきことを教える.
 協会は,福音書の慈愛を説く.
 この宣伝は,最も尊ぶべき心の動きをも利用して,最も陰険な意図のために役立たせる.

−−引用終了−−

nokan2000-民間防衛 in mixi

 以下,藤原帰一氏の『「正しい戦争」は本当にあるのか』より.

----------------
「何度も言いますけど,平和っていうのはそんな観念よりも具体的な,目の前の戦争をどうするか,戦争になりそうな状況をどうするかって問題なんです.
 平和主義を守るか守らないかってことよりも,具体的な状況のなかで平和を作る模索が大事だって思ってます.
 一言いっておきたいんですけど,平和って,理想とかなんとかじゃないんです.
 平和は青年の若々しい理想だとぼくは思わない.
 暴力でガツンとやればなんとかなるっていうのが若者の理想なんですよ.
 そして,そんな思い上がった過信じゃなく,汚い取り引きや談合を繰り返すことで保たれるのが平和.この方がみんなにとって結局いい結論になるんだよ,年若い君にとっては納得できないだろうかもっていう,打算に満ちた老人の知恵みたいなもんです」

 ちなみに,〔藤原は〕政治家同士が国民に内緒で暗黙でやりとりをすることを真に支持するのではなく.表面的なパフォーマンスや耳障りの良いスローガンに頼らず,常時は地道に段階を踏んでいって,緊急時には感情的な世論に流されずに,専門的な情報とノウハウの蓄積をベースとした,密度と実効性のある交渉を行う姿勢が目指すものであり.国民がその情報を得てしっかりと吟味し,見守り,間違いがあればちゃんと記憶しておいて選挙に反映させることができること.
 それが,彼の前提であり,本意での理想であるのだと思います.

たーぼー in mixi

▼ また,実際にセンチで取材に当たってきたカメラマンも,
「その地の人たちが戦いをやめようとすれば,戦いは終わる」
というのは幻想に過ぎない旨,述べている.
 以下引用.

――――――
 紛争地の取材を始めた頃,ぼくは
「その地の人たちが戦いをやめようとすれば,戦いは終わる」
と信じていました.
 しかし,一つ一つの戦いを時間をかけて見続けていくうちに,そんな単純なものではないと思うようになったのです.
 内戦下のエル・サルバドルで,幼いとき政府軍に両親を殺され,仇を討とうとゲリラ兵士になって10年以上,戦いをしていたフランシスコという若者に出会いました.
「山間部を移動中,従軍看護婦だった彼女も爆撃で死んだ.
 戦いの中で,心が安らいだことは一度としてなかった」
という彼は,
「戦いを経験した人なら,二度と戦いの場に戻りたいと思わないはずだよ」
と言いました.
 誠実な人柄でしたが,その表情に喜怒哀楽があまり浮かばないのも,長い戦いの生活のせいだったのかもしれません.

 アフガニスタンで5年ぶりに再開したイスラム戦士は,ぼくを見るなり,
「なぜ,こんな国にまたやってきた?
 いつまでも戦いが終わらないような野蛮な国に…」
と言いました.
 その物言いをいぶかるぼくに,彼は
「自分は戦うことしか学んでこなかった」
と続けたのです.
 戦争の中でしか生きてこられなかった彼の無念さがにじんでいました.

 テレビでよくニュース・キャスターが
「戦争はいけないのに,どうして愚かな戦いを続けるのか」
と言うのを聞きますが,戦いの中にいる彼らこそ,戦いを真っ先に止めたいと願っているのです.
 砲弾が落ちれば,自分の家族や友人が傷つき,家が壊され,そして銃撃が当たって死ぬのは自分なのです.
 実際に戦っている人が戦いをやめたいと願っているのに,どうして戦いが続くのかを考えなければ,本当に戦争を止める力にはなりません.

〔略〕
戦いの中に生きていれば,そこから逃れることはできないのです.
 そんな生活を望んでいる人などいません.
 誰もが平和に生きたいと願っているのです.

 ぼくが,そうわかるようになるまで長い時間がかかりました.
 マスードに,
「どうして,いつまでも戦いが終わらないのか」
と問い詰めるように聞いたこともあります.
 彼は苦しそうに,
「戦いは必ず終わる」
と言うだけでした.
 戦いをやめられず一番苦しかったのはマスードでもあったはずなのに,です.

――――――長倉洋海著『ぼくが見てきた戦争と平和』(バジリコ,2007.5.15),p.175-178

 以上を総合して考えるに,結局のところ,
「具体策を伴わない願望は決して叶わない」
ということに集約されるのではないかと.▲


 【質問】
 戦争肯定の人がいることが不思議でなりません.

 【回答】
 「戦争肯定≠戦争賛成」だから.

 何が何でも戦争反対の人たちはいるが,単純に戦争賛成の人ってあまりいない.
 最終手段としての戦争を否定はしない,ってのが戦争賛成派にされてしまうのか?
 だったらオレは戦争賛成派になってしまう・・・.

軍事板
※青文字:加筆部分

 戦争は何かと問われれば,それは外交の失敗によって発生するイベントってことだろう.
 両国間で問題が発生した場合,解決のために交渉するが,決裂した場合でも,問題の程度によっては,棚上げ程度で済むものから,戦争にいたるまでさまざまなレベルがある.

 で,戦争したくないのなら,話は簡単で,相手の要求を丸呑みすれば戦争にはならない.
 でも相手の要求を飲めないから,交渉は決裂し,時によっては戦争が起きるわけだ.
 戦争なんてしたい人はごく稀で,普通の人は,戦争なんて嫌である.
 でも,相手の要求は飲めないし,飲むくらいなら武器を持ってたちあがるぞ,という状態になれば,戦争になるのは当然でしょう.

 なんか戦争反対と闇雲に言ってる人たちは,そう唱えているだけで平和がくると思っている,おめでたい人たちが多いんですよね.
 本当に戦争反対なら,病気に対処するなら病気のことを研究するのと同じように,戦争を研究する必要があるのに,研究しただけで,戦争に賛成する人だ,などというレッテルを貼るような今の状況こそ一番まずいと思います.

無明斎 in 軍事板

 事実,以下のように述べている国際的人物もいる.

 世界平和をもたらすための努力は,ひょっとして方向性を変える必要があるかもしれないと提案したい.
 今までのところ,特定の紛争を解決するために努力が払われてきた.
 印パ問題,北アイルランド問題,様々なアフリカ戦争,旧ユーゴスラビア問題,チェチェン紛争,中東戦争などなど.
 私は重点をずらして戦争一般を研究する必要性があると提案したい.

 たとえを一つ挙げよう.
 ガンに対して二つのアプローチの仕方がある.

 一つは臨床.
 例えば,乳がん.何をすべきか?外科手術?放射線治療?化学療法?どの化学療法?放射線の量は?リンパ節は切除するか?
 これらの質問に対する答えは臨床試験にかかっている.
 つまり,何が最も有効かということだ.
 得られるすべての情報に基づいて,個々の症例に対処する.
 この場合,目的は目の前の特定の患者の病を治癒すること,あるいは改善すること.

 しかし,もう一つのアプローチがある.
 手術はしない.放射線治療もしない.化学療法もしない.統計も見ない.患者さえ診ない.
 ただ単に,がん細胞で何が起きているのかを理解しようとする.
 DNAは関わっているのか?何が起きるのか?その過程はどんなふうか?
 治癒しようとするな.単に理解しようとせよ.
 あなたは人ではなくマウスを研究する.
 マウスを治癒するのではなくて病気にかからせる.

 文明の始まりから戦争は常に我々とともにあった.
 歴史において戦争ほど絶え間ないものはない.
 戦争とは現象である.
 孤立した出来事の連続ではない.
 特定の紛争を解決しようとする努力は確かに賞賛に値するし,ときどき本当に成果をもたらす.
 しかし,他のやり方もある.
 戦争を一般的な現象として研究する.
 戦争を定義する.
 一般的な特徴を研究する.共通する性質とは何なのか.違いは何なのか.歴史学的に,社会学的に,心理学的に,そして合理的に.
 なぜホモ・エコノミカス(Homo economicus,経済人)つまり合理的な人間は戦争をするのか?

ロバート・オーマン(ノーベル経済学賞受賞記念講演から)

バグってハニー in mixi


 【質問】
 「平和を望むなら戦争を知れ」って誰の言葉でしたっけ?

 【回答】
 古代ローマの格言
Si vis pacem, para bellum(平和を欲するならば,戦争に備えよ)
が元.西ローマの軍事史家ウェゲティウスの言葉らしい.
 ちなみに「パラベラム」って銃弾の名前はここから採っている.

 これの変形である,
「真に平和を欲するなら,戦争を理解せよ」
って言葉があり,これは英国の戦史研究家リデル=ハートの言葉.


 【質問】
 「真に平和を望むなら,戦争を理解せよ」が本当なら,今頃,中東は平和になってるはずじゃないの?

 【回答】
 「戦争を体験している」ということと,「戦争を理解している」ということは,イコールではありません.

 中東の現状は,戦争を理解できている方が多数派とはとうてい言えません.

 第一に,中東の多くは非民主主義国家です.
 そうした国では概して,国家指導者におもねるイエスマンがはびこり,国家指導者にとって耳障りの良いことしか報告されない傾向があります.
 当然,誤った軍事分析が意図的に国家指導者に伝えられることになります.
 また,国家指導者自ら,気に入らない情報を排除する傾向が見られます.
 それらが原因となって,しばしば国家指導者をして無謀なクライシス・ゲームに駆り立てることになり,戦争が起こり易くなります.
 中東戦争,イラン・イラク戦争,湾岸戦争など,そうした戦争の例には事欠きません.

 第二に,中東地域の教育水準が平均して観れば低いために,様々なアジテーションに対し,耐性が低くなっています.
 教育水準が低いため,自分で情報を取捨選択することが出来辛いからです.
 また,低い識字率はメディアの安定した経営を妨げます.そのため,メディアはどこかの紐付きにならざるを得なくなります.
 結果,メディアがもたらす情報は偏向し易くなります.
 様々なアジテーションが蔓延ると,正しい情報分析,判断を大衆ができにくくなります.それは軍事分野においても何ら変わるところはありません.
 事実,中東地域で,イスラーム過激原理主義が根強く生き残り,ユダヤ陰謀論が広く蔓延していることは,否定しようのない話です.
 また,中東の多くの国営通信社では,ユダヤ陰謀論をアジテーション報道が平然と登場しています.TV中継されている場で大統領がホロコースト捏造論を唱えたという例もあります.
 そしてそれらはしばしば,純軍事的に観れば無意味な好戦性を大衆に与えています.

 以上の現状を鑑みるに,中東における一層の民主主義進展と識字率改善が,戦争理解のためにも強く望まれます.

消印所沢 in mixi


 【質問】
 国境がなくなれば,世界は平和になるのでは?

 【回答】
 良くあるのは村から県,県から国家へ統一されたのだから次はきっと云々,という理論.
 しかしながら,単細胞生物から複雑化した生物も,高度になるに従って巨大化したのだから,どんどんでっかくなるのだ,と言い切るのもどうかと思います.
 実際には限界があり,巨大過ぎた生物は死滅したように,規模の大きさには限界があることを理解すべきです.
 良い例はソ連とかですね.

 世界統一論の例としてEUを持ち出す人も居ますが,実際はEU内での綱引きは大変なものですし,EUに入りたくても入れて貰えない国もあることに目を向けないのは片手落ちですね.

ごんじい in mixi

 国家の看板とは,言い換えれば「面子」になります.
 「面子」が潰されれば,国際問題となります
 「面子」を認めないと,戦闘状態になることもしばしばです.
 パレスチナ問題は,アラブ諸国がイスラエルを認めないのとイスラエルが,パレスチナにおけるアラブ人国家を認めないところが原点.
 〔略〕

 私は国家の「面子」を,人間の欲望や業のような原罪の側面と,アイデンティティとして欠かすことが出来ない要素という両面性で捉えます.
 これからも国家という単位で世界が存在するなら,〔EU見たいな国家連合の形態を含む〕この「面子」という問題は,避けて通れないでしょう.
(「面子」が国家としてのポリシーや尊厳に大きくかかわっているのも事実なので,一概に悪とは言えない・・・)
 〔略〕

 独立した組織の「面子」を尊重しつつ,対立も上手に回避し,平和な時代を築いた英雄がいます.
 その名も・・・「徳川家康」です.
(何故か,反戦家の間で名前が挙がらない・・どうしてかな?)

 徳川家康は,元和堰武政策で諸大名の軍事力と自治を大幅に認めつつ,約300年の平和の礎を築きました.
 そのパワー・バランスの妙と政治体制(集団合議制度,富と権力の分離,大名の国替,お手伝い普請等)は現代社会でも見習うべきではないでしょうか?

 もしも「世界政府」が現実になったときは,徳川幕府がモデルケースとなることでしょう.

 〔ただし〕私は,別に江戸幕府の政治体制をそのままで現代社会で使えるとは思っていません.《当然!!》
 現代から見れば不充分な点も数多くあることは事実です.
(反対に現代社会がどれだけ完全な社会なのだろうか?)
(現代社会で必須な思想「自由,平等,人権」に対する配慮が足りないからだろうか・・)

 しかし,江戸幕府の成立については面白いことに,過去の為政者達の成し得なかった各種の政治問題を見事に解決したという凄さがあります.
 効果的な政策には必ず影の部分があります.その影だけをクローズアップしても真実は隠されます・・・

●1.宗教戦争の撲滅
 江戸時代を通じてあれほど過去の為政者たちを苦しめた宗教戦争が無くなった.
 各地で勃発した一向一揆は姿を消し,島原の乱以降では,宗教戦争は一切見られなくなった.
 キリスト教の禁教令は悲劇も生んだが,日本国内で宗教的対立を生まない下地を作ったという点では評価できます.
(一つの国に相容れない宗教の存在は,大きな戦争原因)

 国内において戦闘状態をなくすため一番の施策は,武力蜂起する思想をなくするのが効果的といえます.
(一時の暴発ならそれを持続する根拠に欠けるので,それが恒常化することにはならないという理屈)

 当時の武力蜂起を理論的に補足したのが「一向一揆」と言えます.
 「一向一揆」は加賀の国において93年間も国を実効支配したのですからその凄さか判ります.
(有名な山城の国一揆はわずか8年間の自治でした)
 その一向宗という爆弾と戦わずして協力し,その牙を抜く方法を選んだのです.
(現在,本願寺派が東西に分裂しているのはそのため)
 つまり強大すぎる勢力は分断する.
 危険な思想を根絶やしにするのではなくその無力化を図る.
 ここに目的があったのです.

 その他にも「宗門改め」や「寺請制度」(檀家制度の始まり)などによって,次第に国家権力と対抗する勢力であった宗教勢力は,権力機構に組み込まれ,一部においては行政機能さえも持つようになったのです.
(葬式仏教と言われるようになったのはこの頃から)

 キリスト教の弾圧についても,以上の流れを充分に理解しなければ,当時の為政者達の苦悩や決断は理解できません.
 当時のキリスト教は,毒饅頭でした.
 食べればおいしい(貿易による利益).
 でもその思想性はあの一向宗よりも恐ろしい・・・・(後ろ盾は,海外勢力・・)
 最初は毒饅頭の毒抜きに苦心しましたが,それは結局効果的ではありませんでした・・・
(武士だけの禁教令や宣教師の入国禁止など・・)

 そんな中で,平和のためには,貿易による利益を大幅に減らしてもそれを良しとしたのです.
(鎖国というのは為政者にとっても大きなリスクだったのです.)

 キリスト教の弾圧政策を批判するのは簡単ですが,それを決断するに至った過程や背景についてキチンと検証しなければ,本当の意味で歴史に学ぶと言うことは出来ないのではないでしょうか?

 宗教が持つ麻薬性と陶酔感は,多くの人を救う一方で,集団真理に陥った際に大きな平和への障害となります.
 江戸幕府は,その全ての勢力を弾圧しませんでした,
 その中の多くの勢力と妥協し,その中の反社会性という毒を除くように腐心し,どうしても困難な勢力に対してのみ弾圧という非情の策を選んだと言えます.
(どうしてキリスト教が弾圧されねばならぬのかその答えは・・・中南米にいくらでも好例があります.)

 本当に平和を大切と思うなら・・時として非情な決断が・・
 貴方にそれが出来ますか?

●2.戦国時代に大きくなりすぎた軍事力と武士のリストラに成功
 戦国時代の終結と言っても武士が突然農民になったわけではありません.
 その有り余るエネルギーのリストラと捌け口は,困難な政治課題でした.
 それを徳川氏は,軍事力の存在は認めつつ,それを無力化若しくは力を発揮できない状況に追い込むことで,自然にその力を減少させました.
 数多くのお手伝い普請,天下普請はその好例!!

●3.尊重された地方自治
 日本全国に存在した300諸藩,これらは全て独立した国家でした(譜代大名の一部は違いましたが・・).
 何しろ,藩札という紙幣発行や独自の殖産興業を行う藩も沢山ありましたし,藩校などの文教施策も各藩が独自に行ったのです.
 そんな中でも最低限の秩序と治安の維持という義務を各藩に義務付け,それにそぐわない藩は改易されました.
(改易と言っても別に大虐殺はありませんから《念のため》)

 取り合えず,この三つを紹介します.
 考えてみれば現代社会の戦争の原因となりえる
1.宗教問題2.過剰軍備3.民族自決
の三つの難問をクリアした江戸幕府に注目するのは得策と思料します.

 もう一度繰り返しますが・・・
 江戸幕府成立時の施策をそのまま現代社会での諸問題解決に寄与するわけではありません!!

 しかし,当時の政治問題に対して一定の回答を導き出し,そして結果として300年間の平和という成果を出したのが徳川家康なのです.
 彼の諸問題を解決させるときの姿勢や決断こそ,我々が学ぶべきことなのです.
(個別にあれが駄目,これは非人道的というのはいかにも評論家的発想ですね・・・・)

 過去の為政者が何を悩んでどのように対応したか.
 それを学ぶのは有効ではないでしょうか?
 現代社会に直接は参考にならなくても,検証することは大切だと思います.

 少なくとも300年間の平和という成果を出した.
 このことはその功罪を検証する価値があると思います.
 江戸時代には,高度な無力化や危険思想の除去を行っていたという事実と反対に,パワー装置による弾圧も同時進行で行っていたということを説明したかったのです.

 あと蛇足ですが・・・進歩とは・・過去の美点の切捨てになった点も数多くあります・・・
 若しくは,当時は一度切り捨ててしまったけれども,現代になってもう一度必要とされるものもあります.
 そうした点を検証するためにも,過去を知ることは無益ではありません.

みつき. in mixi


 【質問】
 ソフト・パワーを活用すれば,軍事力などなくても済むのでは?

 【回答】
 えーとつまり,ソフトパワーってのは武力の直接行使を伴わない外交,若しくは対外宣伝工作って意味か?
 そりゃ代案でも何でもない,昔からありとあらゆる国家がやってきてる有触れた手段だ.
 外交についてはそもそも武力行使を否定などしないし,武力行使は外交の一手段として確立されている.
 後者は武力行使となんら対立するものではなく,平時戦時を問わず他国の国力を落とし自国の戦略を優位に進める為に行われてきているもの.

 例えば,ソフト・パワーの一つとしてイメージ戦略という言葉が聞かれるが,これは軍事の範疇だ.
 敵に対して我が方の軍事力を過大に見せ掛ける,というのはソ連がよくやった方法だが,こんなこたぁ何処だってやってる.
 対外宣伝工作ってのは結局のところ,自国の姿を都合良く見せる手段でしかない訳だ.
 実際の姿や状態がどうであるかなど関係ない,
 極端な話,ボロが出ない程度にマシであればどうでも良い.

 そういう意味では,必要以上に自国の戦力を過小評価している我が国の各種メディアは,ある面では有利に働いていよう.
 だがこれが全く有利に働かない時もある,領土を巡っての係争などでの交渉はまさにそうだ.
 フォークランド紛争の前段階でアルゼンチンは,イギリスの戦力を過小評価し,赤道を越えた小島如きに軍を動かしはしないだろうと踏んだ.
 だがイギリスはサッチャーの号令の下に軍を動かし,とうとうアルゼンチン軍を退けた.
 これによって大英帝国は,たとえ地球の裏側の領土1インチたりとも譲り渡しはしない,という覚悟を世界に示した訳だ.

 だが,ここで仮にサッチャーが軍を動かしていなかったらどうか?
 恐らくは世界中に点在する英領の尽くは失われていただろう,ジブラルタルなどは確実に.

 そんな訳で,そもそもソフトパワーなるものと軍事ってのは対立するようなものでは無いわけだ.
 必要とあらばどちらも使う,そうしなけりゃ生き残れないからな.
 棍棒を持って穏やかに話す,それが外交の本質だ.

メッサー=ハルゼー in mixi

 ソフトパワー論者にとっては,こういう「ソフトパワーの取り違え信者」が一番の敵であったりします.
 なぜに,この手は片方に偏るのか・・・
 てか「ソフトパワー」読んでないでしょ,この人.

 ナイは「軍事力が決定的な役割を果たす」と,著書『ソフトパワー』冒頭で述べています.

ますたーあじあ by mail,2007年09月24日 17時52分


 【質問】
 平和を望むなら,戦争を理解せよ」が本当だとして,正しく戦争を理解するにはどうすればいいの?

 【回答】
 まず「”全ての”戦争は”絶対”悪である」という固定観念を持たない事が重要かと.
 その上で戦争を嫌うかどうかは,また別ですし.

ぉ拓 in mixi

 軍事力は全廃できないという前提条件のもと,上手に付き合っていかなくてはならない.
 それには軍事知識が必要だ.
 細かいスペックは専門家や好事家に任せておけば良い.
 どういった兵器があって,どんな使われ方をして,あれをやるにはこれぐらいのモノが必要等.その程度で良い.
 それがシビリアン・コントロールに繋がる筈なんだが….

ポポフ in mixi

 防衛庁・自衛隊が公務員である(そして警察と並んで国家の持つ暴力機関である)以上,納税者のコントロール下におかなければならないのは当然で,国民として,自分の税金がどのように使われているかを知らなければならない義務があると思います.

 浜松あたりでAWACSに反対している反戦NGOのサイトを見たことがありますが,彼らは反戦団体だからこそ知らなければならない知識すら蓄えず,いたずらに反対しているだけです.
 基地の中にすら入ったことがないそうです.

 〔mixiの「戦争反対」コミュニティでも,〕平和を考えているのかどうかわからない人がいて,おかしな書き込みをして,トピックの本筋を乱していきます.
 foresight1974氏や鷲尾氏のように,自分が平和についてどのように考えているかを決して示さず――彼らが「平和について」,自分の考えを書き込んだ内容を見たことがありません――,ただ冷やかすだけの人は,わたしのほか,勉強したいと思っている人にとって邪魔なだけです.

 foresight1974氏や諸兄について,「あなたが思っている」平和についての考えを「あなたの言葉」で書いてくださるよう望みます.
 それをしないで文句をつけたところで,言葉が上滑りするだけです.

たさか in mixi


 【質問】
 軍備を肯定することは,平和主義と矛盾しませんか?

 【回答】
 矛盾しません.

 以前にも引用したかもしれませんが,小室直樹著『新戦争論』より

・戦争以上に次元の高い国際紛争解決の新メカニズムを,人類は現状持っていない.

・しかし,国際紛争解決の新メカニズムを求める努力は続けるべきである.

・その努力とは,国際法の成熟に向けた試行錯誤と,現行国際法の範囲内での戦争回避努力の継続である.

・しかし一方で,現実の戦争リスクに物心両面での備えをしておくことは平和主義と矛盾しない.

・むしろそれをしないことのほうが,結果として平和主義と矛盾する.

鷺宮 in mixi
青:加筆部分


 【珍説】
 元参議院議員・鳥取県知事を父に持つ石破氏自身を含め,自民党には掃いて捨てるほどいる二世議員の中で,自ら進んで国防の任に就いた経験を持つ人が一人もいないのは,一体どういうわけか.
 世襲の特権階級とも呼ぶべき二世議員が,国のために戦う気概などというのを聞くと,私にはどうも,参謀などエリートは安全なところにいて,前線の兵士には満足な補給もせず,ただひたすら国のために死ぬことを強要し続けた,大日本帝国陸海軍の姿と二重写しに見えてしまうのである.

林信吾著『反戦軍事学』(朝日新聞社,2006/12/30),p.128

 【事実】
>二世議員の中で,自ら進んで国防の任に就いた経験を持つ人が一人もいない

つ 中谷元

 軍務に服した経験は,政治家の資質や国防施策において決定的な要素になりえないと思いますよ.
 パウエル・シラク・ヒトラー・ドゴール・チャーチルは戦地にも赴いていますが,政策的にはバラバラですもん.

 二世議員は庶民を犠牲にした旧軍に二重写しだと言われてるけど,個人的には問題ないと思う.
 自衛官と比べればそりゃちょっとは違うかもしれないけど,
「旧日本陸軍は東大(旧東京帝国大学)の人間によって全部運営されていました」
と辛淑玉さんも言っていたし,それは間違いないと思う.

 ちなみに,外国の政治家を見てみると,ミッテランの経歴なんかも面白いですね.
 反ユダヤのファシスト→ドイツ軍と戦い戦傷,捕虜→ヴィシー政府の役人→レジスタンス→社会党入党→フランス大統領

 ヨーロッパの政治って難しいなぁ.

Zep_K

 それに,この理屈だと経験者以外は何もやっちゃいけないって事になりますよ.  

fbkatz

以上,「軍事板常見問題 mixi支隊」より

 ホホイの理屈が正しいと仮定しますと,兵役に行っていない人間は,国防に関して何も議論することができなくなってしまいます.ホホイ自身を含めてね.
 身障などで兵役に服すことが不可能な人なんか,どうしろというんでしょうね?
 国防論議をそのような「兵役経験者オンリー」に限定してしまうことは,シビリアン・コントロールの否定につながるんじゃないでしょうか.

消印所沢

 それにしても,TBS の報道局長も「この業界の仕事もしたことないのに報道被害がどーとかいうな」という趣旨の発言をしてましたし,案外と普遍的な言い訳なのかもしません.

井上@Kojii.net in 「軍事板常見問題 mixi支隊」


 【質問】
 なぜ善悪二元論で戦争を論ずるのは間違いなのですか?

 【回答】
 「国益のぶつかり合い」,それが国際社会.
 国家間の摩擦は常にどこかで起こりつづけている.
 それを処理するのが外交と軍事.両者は対等で,外交でできないことは軍事が,軍事が出る必要のないことは外交が,それぞれ担当して処理に当たる.
 国益のぶつかり合いは法の枠外で起きるので,外交と軍事が拠って立つ基盤は,歴史感覚・常識・国際慣習のみとなる.
 法では国益のぶつかり合いを処理・解消することは不能.それが現実.
 善悪二元論で戦争を,というより国際情勢を捉えるのは不可である.

おきらく軍事研究会,2006/4/24


 【珍説】
 〔イラク戦争では,〕アメリカが独仏などの反対を押し切り,無かった大量破壊兵器を口実に攻め込んだのは事実でしょう.

 戦争を善悪二元論で捉えるなといいますが,戦争は最大の人権侵害である以上,批判するのが当然です.

せっちゃん in mixi

 【事実】
 さて,その〔主張の〕前段では,
・サダム・フセインには開発の意図はあったこと
・半年で終わらせる予定だったはずの国連査察を,サダムが妨害しまくったこと
が忘れられている.
 現在の北朝鮮もそうであるが,そのような態度の国家の主張する「ない」を,単純に信用するのはお人よしと批判されても仕方ない.

 後段だが,善悪の概念は万国共通ではない.
 人権侵害という概念そのものが存在しない国もある.
 たとえばターリバーン政府などは女性に対する人権侵害を肯定していた.

 むしろ善悪の概念を国際社会に当てはめるのは,それ自体が紛争のタネになると言ってもいい.
 現在のフランスにおける,「スカーフ論争」などはその一例だろう.
 フランス人の概念による「善」をイスラーム社会に持ち込むことにより,紛争のタネを増やしている.

 さらに,
>戦争は最大の人権侵害である
という概念そのものが間違いである.
 例えば,ヒトラーに対して宣戦布告をしなければ,人権は侵害されなかったのか?
 ルワンダに展開していた国連軍は,虐殺に直面して,戦闘を避けて撤退したが,その戦闘を開始していたとしたらそれは人権侵害になったのか?

 このように,何が善か悪かを決定するのは容易ではなく,また,善悪の判断基準も全人類共通のものがない以上,そのような曖昧なものをもって国際問題を語るのは,目分量〔とヤマ勘〕で理科実験をするのに等しく,意味がない.

消印所沢 in mixi


 【質問】
 軍隊の戦闘行為って通常なら犯罪ですよね?
 そこで疑問なのですが、法律的にはどういった理屈で、正当化、あるいは免責されているのでしょうか?

 【回答】
 「軍隊の行為は普通なら犯罪」という話を、とりあえず「殺人」に限定して話を進めます。

 歴史的に言えば、
・正戦論(17c):
 神学的な意味で正しい理由があれば正当化される。国の上に神という上位概念を置いた物
・無差別戦争論(18c):
 主権国家は等しく平等な最高機関であり、その行為は各々正当である。白黒付けるのに決闘(戦争)するのは当然で、戦争法というルールさえ守ってれば理由を問わずに合法。
 上二つでは、戦争の正当性とは別に勝者の当然の権利として、敗者にはペナルティー(領土奪われるとか)が課せられる。

 現在、我々が属している国民国家(nation-states)という制度はフランス革命とともに生まれたわけです。
 つまり基本的人権の確立とほぼ同時に出現したシステムなわけですね。
 したがって国家は国民の人権を犯してはならず、また人権侵害に対しては防衛の義務を負います。
 このうち、前者の「国家から人権を守る」ためにあるのが憲法ですが、後者の「国家によって人権を守る」ために存在しているのが警察と軍隊です。
 ですから、国家は「自国の国民の人権を守るため」という但し書きの範囲内において殺人(戦闘や死刑など)を許容されているのです。

 WW1以後は、国際連盟規約や条約なんかで一定の制限が課され、WW2以降原則禁止されたハズ…なんですが,国の上に立って判定する機関が確立されてないんで結構グダグダ。
 国連は対等な国家の寄り合いみたいなものなので…

 現代で言えば、国連憲章2条4項で国際間での武力行使全般を禁止、除外規定として国連決議によるものと自衛権によるものが国際法上は合法。
 あと,抑圧に対する抵抗運動(独立運動とか反政府運動)も事実上合法に近い扱いを(国連では)受けてきました。

 ただし最近では国際司法裁判所の設立に見られるように、その権限は制限を受ける傾向もあります。

 我が国の場合は、
【自衛隊法】
第八十八条(防衛出動時の武力行使)
 第七十六条第一項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。
2  前項の武力行使に際しては、国際の法規及び慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとする。

第百三条(防衛出動時における物資の収用等)
 第七十六条第一項の規定により自衛隊が出動を命ぜられ、当該自衛隊の行動に係る地域において自衛隊の任務遂行上必要があると認められる場合には、都道府県知事は、長官又は政令で定める者の要請に基き、病院、診療所その他政令で定める施設を管理し、土地、家屋若しくは物資を使用し、物資の生産、集荷、販売、配給、保管若しくは輸送を業とする者に対してその取り扱う物資の保管を命じ、又はこれらの物資を収用することができる。
 ただし、事態に照らし緊急を要すると認めるときは、長官又は政令で定める者は、都道府県知事に通知した上で、自らこれらの権限を行うことができる。

・・・という具合に,「武力の行使」とか「徴用」という行為を条件付きで容認しています。

(ドカン・オオカミ ◆s6tJH5.VuA他)

 【余談】
 宗道臣著「少林寺拳法奥義」という本に,参考になりそうな話が載っていますので,その一説を引用します.

正義を守るための力の行使は暴力ではない

 印度独立の父,非暴力主義の聖者ガンジーは次のように言っている.
「私の信念によると,もし臆病と暴力のうち,どちらかを選ばなければならないとするならば,私はむしろ暴力をすすめるだろう.
 印度がいくじなしで,はずかしめに甘んじて,その名誉ある伝統を捨てるよりも,私は印度が武器をとってでも,自らの名誉を守ることを望んでいる.
 しかし,私は非暴力(不服従)は,暴力よりもはるかにすぐれており,許しは罰よりも,さらに雄々しい勇気と力がいることを知っている.
 しかし,許しはすべてにまさるとはいえ,罰をさしひかえ,許しを与えることは,罰する力がある人だけに許されたことなのではないだろうか」
と.

 強盗に入られて手足を縛られた男が,目の前で妻の犯されるのを見ながら,どうすることもできないときに,その強盗を許すなどといえば,こっけいなだけである.
 それは許しなどではなく,あきらめの口実に過ぎないのである.
 正義を伴わない力は暴力に過ぎないが,力を伴わない正義は無力である.
 善は悪に,正義は不正に打ち勝たねばならない.
 しかし,正義が不正に打ち勝つためには,正義を行うものに,不正に打ち勝つだけの力の裏付けがなくてはならない.
 それでなくても,不正や悪は,本来,荒々しさ,ずぶとさ,狡猾さなどの力を備えているのが普通なのであるから,これに打ち勝つためには,まず正邪を見定め,状況を把握する判断力と,力の用い方についての熟慮と,正義のためには,敢えて危険を回避しない勇気などが必要である.

 それらを身につけて,力愛不二の思想を実践するためにこそ,拳禅一如の修行が生きてくるのである.

宗道臣著『少林寺拳法奥義』(東京書店,1998),p95-96

ということをおっしゃっています.

 ただし,以下のようなことも述べられています.

目的さえ正しければ,手段は何でもよいか

 どんなことをするにしても,きちんと正しい目的を持ってするのと,そうでないのとでは,同じ事をしても,その効果や結果の現れ方はまるで違ってくるものである.
 だからといって,目的さえ正しければ,なにをしてもよいかというと,決してそうではない.
 同じ目的を持って何かを達成しようとしても,手段を誤れば,おのずから行き先が違ったものになってしまったり,目的への距離が伸びたりもする.あるいは途中でへばって目的地に着かないことさえありうる.

 目的を達成するためには,正しい手段が必要なのである.
 いくら目的が正しくとも,ただ心に念ずるだけでは実現するものでないということは言うまでもない.
 正しい手段を持たなければ,永遠に目的は果たせないばかりか,例えば薬の選択や用い方を誤れば,かえって病をこじらせたり,死に至ることさえあるように,手段いかんによっては,目的をも誤ることさえ往々にして起こるのである.

 ところで,どのような手段であれ,手段自体のなかに,それと真剣に取り組むことによって自然に形作られる,人間形成機能というような働きがあるので,なにを手段として選ぶかによって,その結果は全く違ったものになってしまうことが多い.
 (後略)

(同,p.43)

JUVE(セルジオ=タッキーニ) in mixi,改

 胆に命じるべし.


 【質問】
 日本における平和主義の問題点は?

 【回答】
 橋田信介(ジャーナリスト)によれば,現在の日本の平和主義の主流は,「幻覚の平和主義」であるという.

 幻覚の平和主義が〔日本で〕唱えられるようになったのは,私の記憶ではヴェトナム戦争辺りからだったろう.
 そのころは,
「アメリカはヴェトナムから出ていけ」
というのが主なスローガンだった.

 その時期にべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)という新しい組織が登場する.「どっちも悪い」,あるいは「どっちも良い」,「とにかくどうでもいいからヴェトナムに平和を」という主張である.
 「殺すか,殺されるか」,「正義か,不正義か」,そういう戦場の中間で平和を唱える.
 血みどろで戦う当事者にとっては迷惑な話である.
 当人達は安全地帯で唱える説教とはいえ,やはり無責任である.

 だが,今の日本ではこういう「幻覚の平和主義」が主流になっている.
 戦争を終わらせ,平和を取り戻すためには,中間や中立の立場は存在しないというのに.戦争を終わらせるには,その政治的理由と経過を分析し,自らの立場を明確にした上で,どちらかの勢力に肩入れしなければならない.

 2000年春,NATO軍が旧ユーゴスラビアを爆撃した.NATO軍はアルバニア勢力に加担して戦争を終わらせた.
 アルバニア勢力に絶対の正義があるわけではない.旧ユーゴスラビアが100%悪いのでもない.戦争は双方が悪いのだ.
 しかし相対的に見て,どちらがより悪いのかを判定しなければならない.まあまあでは,戦争という悲劇はいつまでも続くからだ.
 NATO軍はギリギリのところで,悪いのは旧ユーゴスラビアだと判定し,ベオグラードを空爆した.
 判定はしばしば間違うこともある.
 しかし戦争を終わらせるには,むごいほどの決断を必要とする.

 アメリカはヴェトナムから出ていけ――それは,ヴェトナムに肩入れする正しい平和主義だった.
 あの頃の日本は,まだまともだったのだ.

橋田信介著『戦場特派員』(実業之日本社,2001/12/20), P.333-334

 ソ連べったりだった「ベ平連」なんかを見ると,

>ヴェトナムに肩入れする正しい平和主義

という点にも必ずしも賛同できるものではないが.

 彼らは,その反戦運動に比べれば,ヴェトナム戦争終結後の粛清やボート・ピープルには殆ど無関心だったと言えるしね.

 【格言】
If your opponent has a conscience, then follow Gandhi. But if you enemy has no conscience, like Hitler, then follow Bonhoeffer.
 もし相手が良心を持っているのならガンジーに倣いなさい.もし相手がヒットラーのように良心を持っていないのならボンヘッファーに倣いなさい.

キング牧師


 【質問】
 知識人の平和主義者が陥り易い陥穽は,どんなものか?

 【回答】
 彼らに代わって暴力を行使してくれる権力および狡猾な残虐性にすがりつこうとするかのような傾向が見られるという.
 以下引用.

 「オーウェル評論集」より,ナショナリズムについて

平和主義
 大部分の平和主義者は,正体不明の宗教団体に属するものか,人命を奪うことに反対するだけでそれ以上に論理を発展させようとはしない単なる人道主義者か,そのどちらかである.
 だが,このほかに,自分では認めていないが,本当は西欧民主主義を憎み全体主義を賛美するのが目的ではないかと思われる知識人の平和主義者が,少数ながら存在する.
 平和主義者の主張を煮詰めていけば,たいていは結局どちら側も悪いということになるのだが,若い知識人の平和主義者が書いたものを精読してみると,その攻撃の仕方はおよそ不偏不党からは程遠く,まず全面的に英米両国ばかりを目の敵にしていることがわかる.

 そればかりか,原則として暴力そのものを弾劾するのではなくて,西欧諸国を守るための暴力だけを弾劾するのだ.
 英国と違ってソヴィエトならば,戦争のような手段で自己を防衛しても非難されず, それどころか,この種の平和主義の宣伝文書となると,きまってソヴィエトや中国のことには触れようとしないのである.
 インドの場合も,その対英闘争で暴力を放棄すべきだと言われることはない.
 平和主義者の文章にはそもそも訳のわからないものが多いことは別にしても,これではチャーチル型よりはヒットラー型の政治家のほうをよしとし,暴力もそれなりに徹底すれば筋が通ると言いたいのではないかとさえ思われる.あやしげな言葉が氾濫しているのだ.

 フランスの平和主義者たちは,ドイツに占領されたのち現実的選択に直面すると,大部分がナチスに走った.
 英国の同志たちはさいわいこの難を免れたのである.
 一方,英国には少数ながら「平和誓約同盟」と「黒シャツ隊」の双方に入っていた人間がいるらしい.
 平和主義の著作家たちは,ファシズムの思想上の父の一人,カーライルを賞賛した.

 こういう具合に見てくると,知識人のあいだでの平和主義に関するかぎり,そのひそかな源泉は,権力および狡猾な残虐性に対する称賛の念ではないのかと思わずにはいられない.
 この感情の対象にヒットラーを選んだところに誤りがあったわけだが,対象なら,もう一度変えることもかんたんにできるだろう.

 彼らが暴力を「放棄」できるのは,他の人間が彼らに代わって暴力を行使してくれるからだ.

 【質問】
 議論の場で煽りばかりするような類の人々は,紛争要因と言えるでしょうか?

 【回答】
 それは「紛争」の要因の一つとしてはありでしょうが,それだけをもって「紛争がおきる」という見方はちょっと乱暴かなと.
 というのも,これらの議論には,まず,利害面での衝突が「言論」または「思想」しかなく,直接的な利害の衝突に発展しがたいこと.(冷戦ですら,イデオロギーの衝突は「紛争原因」の一つに過ぎませんでした)

 ただしトピを見ていると,発言から対立が煽られている面もあると思いますね,
 この人たちには自重してもらいたいものです.
 要は,おかしいと思ったら「徹底無視」するか「議論によって正しいことを証明」のどちらかのアプローチを取ればいいわけですから.

 もし相手が聞き入れなくとも,その論説が「正しい」と思われれば,相手もそれ以上のシンパは増えず,結果的には「封じ込め」の論理が適用できます.
 さらに封じ込めの論理を使用すれば,もしおかしいとしても,それ以上の思想上の侵食さえ行われなければ(相手の論理が破綻しているという前提では)そのうち,撤退せざるを得ません.「おかしなことを言っている」のですから.

 上記は私なりのアプローチなので,他の意見も当然あるでしょうが,私としては以上です.

ますたーあじあ in mixi


 【珍説】
 戦争は人間の理性をも破壊する行為だが,たとえ戦場にあっても,やってよいことと悪いことがあるのだと,昔から認識されていたし,今ではちゃんとした規定があるのだ.
 このことを皆が知り,さらに考えを深めたならば,やがては,
「理由のいかんを問わず,戦争を仕掛ける行為は,それ自体が犯罪である」
といったような国際的ルールを作り,戦争の恐怖を遠ざけていくことは,断じて不可能ではない.

林信吾著『反戦軍事学』(朝日新聞社,2006/12/30),p.80-81

 【事実】
 それは,地球に一つの統一された「正邪」観を全人類が持たない限り,不可能な話です.
 国際紛争では,簡単に白黒をつけ難いケースがゴロゴロしています.
 したがって何十年かかってパレスチナ問題一つ解決できていません.

 カシミール紛争にせよ,
・同じイスラーム教徒であるということでパキスタン帰属が正解なのか(元元は独立を志向していたカシミールに対し,パキスタンは帰属派への武器援助をすることで,独立派を潰そうとしたのに?),
・カシミール自治を憲法に定めているインド帰属が正解なのか(事実上,その自治が現在では口約束状態なのに?),
・独立が正解なのか(印パ両国が綱引きをする緩衝地帯となるだけだから,それなら現状と大して変わらなくないか?)
……これといった明快な正解を出すことができていなら,何度もカシミールを発端とした戦争が起こったりはしません.

 あるいは自らの行いだけが正義であると信じるような政権があったら?
 ターリバーン戦争やダルフール紛争は,まさにそんな政権であるために起きたのですが.

 結局,平和は魔法の杖の一振りでもたらされるようなものではないのです.
 紛争当事者を抑止しうる有形の力,そして有能なネゴシエーター,紛争当事者の本音を探りうる正確な情報等々,平和達成のために必要とされるツールは多数あるでしょう.

 したがって,これだけははっきりしています.
 単細胞が,単純な見方によるチープなスローガンを何万回叫ぼうと,平和はやってきません.


 【質問】
 戦争の最大の被害者は女子供か?

 【回答】
 高部正樹によれば,兵士こそ最大の被害者だという.
 以下引用.

 大衆迎合の報道は,女子供を戦争の最大の被害者に仕立て上げる.弱者救済というテーマは見栄えがするし,大衆に受けがいいからだ.
 しかし,それは真実ではない.戦争の主たる部分を担う兵士こそが,最大の被害者なのだ.
 だが,マスコミはよほど軍隊が嫌いなのか,兵士については死ぬのが当然と捉えられ,どこで何人死んだぐらいの単なるデータ扱いをされる.口では人間は平等だと言いながら,確実に兵士の命の価値をワン・ランク下に見ているのだ.
 兵士にも,死ねば悲しむ家族や友人は大勢いるし,死にたくない気持ちも女子供と何ら変わりはしないというのに.
 兵士を差別するのなら,少なくとも目障りなそのヒューマニスト気取りはやめろと言いたい.
 自分自身もまた,ヒステリックな感情に左右される立派な差別主義者なのだと認めるべきだろう.

(「傭兵の誇り」,小学館,2001/12/20, P.92-93)


 【質問】
 かなり無茶苦茶な疑問ですが,SFや武侠ものみたいに、戦争をする代わり,それぞれの国のごく少数の代表者同士の戦闘で結果を決めたりすることが,今までも、これから先も行われないのはなぜなのか教えてください。

 【回答】
 太古の昔にはそういう形の「戦争」が行われた例がある。
 中世ヨーロッパでは騎士文化が行くところまで行った結果、厳密なルールに則って行われる一対一の決闘で勝敗を決める戦争、というのが実際に行われたこともある。

 ではなんで現代ではそういう事ができないのか、と言えば、戦争の形態が変わったから。
 近代までは、戦争というのは殺し合いというよりは、利権をめぐって人死にが出ることもある勝負で決着をつけるもの、という側面が強かった(ただし同一文化圏内での話。異文化、異民族同士の戦争はやっぱり皆殺し合戦になった)。
 なんでそんなことができたかといえば、戦争をするのは国家の支配者層と、それに雇われた傭兵だけだったから。
 一般国民にはほとんど一切の政治的経済的権利がなく、「譲渡したりされたり奪われたり奪ったりする存在」でしかなかったから、国家のごく一部の人間が勝手に「勝負の掛け金」にすることができ、支配者層は自分たちの身に危険が及ばないから、
「あぁ、負けちゃった・・・ちぇ、領地が減る」
という以上のものがなかった。
 もちろん支配者層が参加して死んだり捕虜になったりすることもあったが、戦死すれば英雄だし、捕虜になっても身代金を払えば解放されるという世界だった。

 現代では,まず以って大国は小国に対し、そのような事をする必要が無い.
 また民族・宗教感情が絡んだ場合、戦争で敗北をすると言うのは,その民族・信者にとって致命傷となる.
 そう言う状況下で最善を尽くそうと思えば総力戦になるでしょう。


 【質問】
 戦争もゲームで決めりゃ,誰も死ななくてよくね?

 【回答】
 そういうマンガがあるよ.
 オチで「実際には死亡者が出ないシミュレーション方式で戦争してる」というのが明かされるんだが,結果として延々何十年も戦争終結しない,という話.
 新谷かおる氏の作品だったか.

 藤子短編集の「一人ぼっちの宇宙戦争」思い出した.
 宇宙人側が地球側の人間から一人選んで,その人間のクローンVSオリジナルで侵略の勝敗を決める話.

 星野宣之にもあったハズ.
 SFとしては古典的なネタ,逆に,模擬かと思ったら実戦だった,つーのもある.

 墨子の逸話でも似たようなのがあったな.
 国を攻めようとしてる他国に乗り込んでいって,墨子が自分の帯をとき,それを城砦に見立てて模擬線をしたが,敵国の将軍は何度やっても勝てない.
 悔し紛れにその将軍は「必ず勝てる方法を私は知っているが,あえて言いますまい」と言う.
 墨子も「将軍が仰る方法の防ぎ方をしっていますが,あえて言いますまい」とやりかえす.
 横で見ていた王様がどういうことかと尋ねると
「将軍は私を殺そうとしているのです.ですが私は弟子たちに防衛戦術を教えてありますので,それは無意味なことなのです」
 それを聞いた王様は,戦争を諦めて墨子を無事に帰国させた,ってお話.
 この後,墨子は城に帰ろうとしたけど通行手形がなかったから入れてもらえず,雨の中でずっと門が開くのを待ってた,というオチがつく.

 つーか人類の悲願でもあるな.
 大昔から戦争の代わりに一騎打ちしたりオリンピックやったりと色々やったし.
 いちばんほのぼのしたのが牛相撲かなんかで勝敗を決めた戦争という実話.
 どこの国の話だったか忘れたが.

 でも,サッカーの勝敗でもめて起こった戦争も現実にあるしな.
 戦争の代わりにゲームじゃなくて,ゲームの代わりに戦争するのが人間のサガじゃないかな.
 ある意味,ゲームの究極形が戦争だと言えよう.

583:名無しんぼ@お腹いっぱい:2007/01/13(土)12:46:50ID:Fm7TcBNH0

 もう,ガンダムファイトでよくね?


586:名無しんぼ@お腹いっぱい:2007/01/13(土)13:00:59ID:jssK0Es50

 もう,指相撲でいいような気がしてきた


587:名無しんぼ@お腹いっぱい:2007/01/13(土)13:21:25ID:Uhi+0Ven0

 点F15レートのマージャンで


592:名無しんぼ@お腹いっぱい:2007/01/13(土)14:15:36ID:iMavK4lFO

「諸君,私はゲームが好きだ」

某板


 【質問】
 EU統合や,冷戦の終結により,戦争の可能性はほとんどなくなったのではないか?

 【回答】
 先進国同士の戦争の可能性が大幅に減ったのは事実だろう,
 だが,朝鮮半島には,未だに冷戦構造の残滓が残っているし,中東では紛争が絶えない.
 特にアジアでは,伝統的なライバル関係が完全に克服されたとは言い難い.

 バランス・オブ・パワー[勢力均衡]や安全保障の考慮などを時代錯誤だと考えるのは,早計である.
 それは「酸素のようなもの」であり,未だに十分な考慮と留意が必要である.

 詳しくは,ジョゼフ・S・ナイ教授「国際紛争」(有斐閣,2005.4)序章を参照されたし.

ますたーあじあ in mixi


 【珍説】
 米ソの冷戦中,両陣営間において核を初めとした軍拡競争が行われました.
 この冷戦中,米ソ代理戦争と呼ばれる地域紛争が頻発したのは皆さんご承知の通りです.
 核時計と呼ばれる,核戦争発生の危険度を示す時計がありましたが,キューバ危機を初めとして何度も核戦争勃発の危機に見舞われました.
 それでも,核使用による大戦に発展しなかったのはむしろ奇跡に近いことだったのかもしれません.

 軍拡競争は軍事的緊張をもたらします.
 その緊張によって偶発的に戦争が発生する危険度も上がります.
 或いは狂った独裁者によって核ミサイルのボタンが押される可能性も否定できません.

 軍事的パワーバランスの均衡によって戦争が抑止される可能性は否定はしませんが,米ソ二大勢力というバランサーが崩れた今,逆に戦争リスクは高まっていると言えるかもしれません.
 だからこそ,軍縮によって軍事的緊張を除去する努力が必要なのだと思うのですが・・.

HARUKI in mixi
(軍事学的考察上の必要性に鑑み,
引用権の範囲内で引用しています)

 【事実】
 軍拡競争の果てに(それが原因で)戦争になった例って聞かないですね.
 軍拡競争の行きつく先は,大抵が「皆で共倒れになる前に話し合って軍縮」,或いは「幾つかの国が経済崩壊」で終わっています.

>キューバ危機を初めとして何度も核戦争勃発の危機に見舞われました.

 ではキューバ危機以外の例を幾つか挙げて見てください.

>米ソ二大勢力というバランサーが崩れた今,逆に戦争リスクは高まっていると言えるかもしれません.

 それって「この冷戦中,米ソ代理戦争と呼ばれる地域紛争が頻発したのは皆さんご承知の通りです.」という意見と矛盾していますが.どっちなんです?

 なお,参考までに.

「・冷戦後の世界で地城紛争は減少しつつあると言えるか.
 a.第2次世界大戦後現在までに発生した106件の武力紛争の統計的研究によれば,冷戦期とその後で発生頻度において有意の差は見られない.」

「また,紛争終結のパターンにも変化が見られる.すなわち,冷戦後の世界では紛争は早期に終結しやすくなった.すなわち,第3者による仲介によって比較的早期に終結する(紛争の継続期間が短くなる)という傾向が認められる.」

 原田至郎「武力紛争の計量分析−冷戦終結の前後」より

JSF in mixi

 軍拡そのものが開戦原因になる事例があまり無い,というのは,そもそも軍拡が目的ではなく,何かの手段として行われることに原因があるのかもしれません.
 他国との緊張が高まり,戦争が不可避だと為政者が判断すれば,戦争に備えるために軍拡をしようとするわけですから,そもそも軍拡が戦争を招いてしまっては,意味が無いわけです.

NISSHA in mixi

>だからこそ,軍縮によって軍事的緊張を除去する努力が必要なのだと思うのですが・・.

 その通りです.

 ですが,それは相互軍縮が前提です.
 一国のみの軍縮では逆に緊張が増大します.

消印所沢 in mixi

 「軍縮」といいましても,場合によっては,軍事緊張をかえって高める場合があるので,注意が必要です.
 確かに,自国と敵対関係にある国家が,一斉に軍縮を行えば,軍事的緊張は緩和されるでしょう.例えば,70年代の米ソ核軍縮のように,対話を背景とした軍縮には,緊張緩和の効果が認められます.
 しかし,対話もなしに,一方的に軍縮を始めることは,軍事バランスをゆがめ,敵対国が軍拡を行っていなかったとしても,相対的には軍拡を行っているに等しい状況を生み出すことになります.
 例としては,戦間期ヨーロッパが挙げられるでしょう.

NISSHA in mixi

 ところで,2005年のノーベル経済学賞は東西冷戦中に互いの生存に頓着しない仇敵同士がなぜ一見,奇妙な協力関係にあったのかを,ゲーム理論を用いて数学的に証明した功績によって,トーマス・シェリング(米国の経済学者,その著書は冷戦時代,安全保障の教科書であったそうです)とロバート・オーマン(ユダヤ系の経済学者)に贈られました.
 オーマンはその受賞記念講演で,戦争は人が愚かで理性的でないから起こるのだという見方を厳しく戒めて,戦争は人が合理的な行動を取るからこそ起こるのであって,それが生起するメカニズムを科学的に解明することが重要だと訴えました.
 この講演は数多くの箴言に満ちていて,私にとっては目からうろこの連続でした.

 オーマン教授は軍縮−軍拡の関係を一国の経済に例えます.

「歳入を増やすにはどうすべきか.
 税率を上げればよい? それは間違っている.
 むしろ下げたほうがいいかもしれない.そうすれば,人々の働く意欲は向上し,脱税は減り,好景気にすることができるかもしれない.
 経済とはプレイヤーのインセンティブが複雑に相互作用するゲームであり,一見逆効果の解決策が驚くべき結果をもたらすものである.

 あなたは,戦争を防ぎたいと考えている.そのためには軍縮が必要だと思うでしょ?違う.あなたはそれとまったく逆のことをしたほうがいいかもしれない.長期にわたる東西冷戦中,「熱戦」を防いだのは,24時間365日飛び続ける戦略核爆撃機だったのだ.軍縮は戦争を引き起こしたのかも知れないのだ.

私が言いたいのは,我々は戦争を科学的に研究し,理解しなければならないということだ.それはやがて平和をもたらすことになるだろう.」

 これが,軍拡という一見矛盾する選択肢がなぜ,核軍縮条約,さらには冷戦の終結をもたらしたのかという疑問に対するオーマン教授の答えだと思います.
 この考え方は軍縮を念仏のように唱える観念的な平和主義者に対する強烈なカウンターパンチにもなっていると思います.

 〔余談ですが,〕シェリングの講演は広島以来の核の歴史を米国の視点から振り返るというもので,やや情緒的・観念的平和主義的で私にはあまり面白くなかったです.

バグってハニー in 「軍事板常見問題 mixi支隊」

 【質問】
 第1次大戦前夜には,建艦競争やって緊張を招いたのでは?

 【回答】
 その緊張が第1次大戦の引き金になったとは言えません.

 別項目に述べられているように,第1次大戦勃発理由の本質は,バルカン半島におけるナショナリズムの台頭・高揚であり,それが世界大戦に発展したのはドイツ皇帝ヴィルヘルムの失策に責任を帰することができるでしょう.

 第1次大戦前夜,オーストリア=ハンガリーに至っては,軍拡どころかむしろ絶えず予算不足だったという指摘もあります.

 【質問】
 不戦共同体とは?

 【回答】
 欧米関係に見られるような,どんなに対立が激しくなっても,直接戦争する可能性が全く考えられない,信頼感が相互にある関係.
 以下引用.

 筆者がここで言いたいことは,一口に西側陣営,または「西(ウェスト)」と言っても,そこには意味の重層性があるということである.
 それは第1に,厳密な意味で,かつてシュペングラーが第1次大戦後荒廃したヨーロッパを嘆いて鋭い警告を発した「西欧の没落」と言う表現に込められた西欧社会,
第2に,両大戦間期を経て米国の強い影響を受けた米欧社会,
そして第3に,米欧以外の地域にまで拡大した民主主義諸国という,本来西欧を中心とする3つの同心円による構造である.
 そして,イラク戦争のときに見られた米欧間の激しい論争は,この第2の同心円の中での論争であり,また,この同心円の中心を巡る抗争でもあった.

 我々日本人は,このことをもう少し慎重に考えたほうがよい.
 つまり,米欧対立はどんなに激しい様相を見せていても,その基本的なところでの相互の信頼関係は,3番目の同心円の層とは大きく乖離している.
 改めて言うまでもなく,第2の同心円の中では,歴史文化的背景を伴った共通意識,規範が大いに共有されているのである.
 アメリカ人研究者がよく使う表現で言えば,
「どんなに対立をしていても,米欧諸国が直接戦争をするという可能性は全くない」
という信頼感が前提となっている.
「デモクラティック・ピース(民主主義国同士は戦争をしない)」
というアメリカ政治学界で冷戦後,一時期流行した政治理論の前提は,米欧間の「不戦共同体」=「安全保障共同体」という共通意識だった.

 そこには協力と対立が共存する.
 所謂ブッシュ政権の「単独主義 ユニラテラリズム」と,独仏に代表される「多国間協調主義 マルチラテラリズム」という,2つの普遍主義の対立というのは,この安全保障共同体と言う合意枠組みの中での世界秩序を巡る角遂だった.
 先に述べた3番目の同心円の層に関して合意が不充分なのは,この点である.

 これを,アメリカを中心とする「西側同盟」という枠組みで考えるなら,大西洋関係がアメリカのアジア・太平洋同盟関係よりも遥かに優先されるという,誰でもが容易に理解する事実に突き当たる.

(渡邊啓貴 わたなべひろたか〔国際関係論専門家〕
from 「中央公論」, 2005/7, P.149)

 つまり逆に言えば,任意の複数国間関係において武力の準備を全く必要としない状況が出来上がるためには,
・歴史文化的背景を伴った共通意識,規範が大いに共有されており,
かつ,
・できれば民主主義国家同士であることが望ましい
という2点が必要だと言えよう.


 【珍説】
 2003年3月,米英軍によるイラク攻撃が始まった.
 このイラク戦争によって,世界は新しい時代に入った.
 私は新しい時代を,「新冷戦の時代」と捉えている.

 かつての冷戦というのは,アメリカを中心とした西側と,ソ連を中心とした東側が対立する構造だった.
 では,新しい冷戦とはどういう構造になっているかといえば,中東の石油と基軸通貨を巡ってのアメリカとヨーロッパの対立だ.
 もっと言えば,フランスとドイツを中心とするEUと,超大国アメリカの冷たい戦争である.

(田原総一朗 from SAPIO 2004/1/21-2/4号,p.32)

 【事実】
 上述の通りです.
「対立 ⇒ 冷戦」
など論理の飛躍のし過ぎ,妄想の類です.

 おクスリ出しておきますね.
 お大事に.


 【質問】
 「神の平和」と「神の休戦」について教えてくださいませ.
 自分自身が同じものだと思っていたせいもあるのですが,ものによってはごっちゃになってたり,明確な差がわかりません.

 【回答】
 「ヨーロッパ中世社会史事典」(A・ジェラール著,藤原書店)によると,「神の休戦」は「神の平和」の妥協的形態みたいですね.

 つまり,
「神の平和」・・・教会や弱者は襲ってくれるなよ,と(教会の音頭取りで)騎士たちに誓約させる.
「神の休戦」・・・それが無理ならせめて特定期間だけでも暴力行為は慎んでくれよ,と騎士たちに誓約させる.

(世界史板)


 【質問】
 譲歩だけでは平和にならないとの言はごもっともですが,譲歩しろ,でなくて.理解し合うということはできないのですか?
 理想論の入り込む余地が無い,との事ですがそうですか?
 常に解決の糸口は転がっていると思いますよ.
 異国の人とお話すると,意外と話があったりすることもあります.
 そこら辺から理解する,という手段だってあると思う訳です.
 無いと言ったらある物が見えなくなってしまうと思います.
 これを綺麗事と切り捨てるかどうかは,個人の自由ですけどね.

 【回答】
 理解し合う為にも,軍事研究と軍事力は必要なのです.
 国家とは生き物です.個々の細胞(国民)の個別の意識とは違うかも知れませんが,意思を持っています.
 国家は人間と同じ様に,色々な“メッセージ”を発します.
 それは,政治家や高級官僚の口を通した言葉であったり,兵力の異動,配置,基地の建設,武力威嚇であったりもする訳です.
それらの“メッセージ”を正しく捉えず,過剰に反応したり,見過ごしたりすると,“戦争”に成り,無駄な血が流れます.第一次世界大戦とか,太平洋戦争などは,その好例です.
 その“メッセージ”を正しく捉える為に,軍事学研究や諜報活動が必要であり,相手の誤った意図を封じ込める為に,軍事力が必要なのです.

>異国の人とお話すると,以外と話があったりすることもあります.

 個々人が話し合って理解を深める事は否定はしません.
 ただ,上記の通り国家は生き物であり,細胞たる個人の意思は,程度の差はあれ,ストレートには国家の意思には反映されません.
 喧嘩の時に,細胞一つ一つを説得しても無駄でしょう.左手を説得しても,右手に絞め殺されれば終わりです.
 それよりも,筋トレしたり(軍事力の整備),格闘技を習ったり(軍事学の研究),大声を出す練習をしたり(国際的通信社を作る)した方が,より確実です.お金を持ってくる事(経済援助)も,時には有効でしょう(でも,コッチが弱く,相手が強盗目的なら,殺されてお金は全部取られてしまいます).
 誰もボブ・サップに軽々しく喧嘩は吹っ掛け無いでしょうし,ボブ・サップだって,誰彼構わずブン殴っていたら,周囲から総スカンを食ってしまいます.
 是が,今の国際社会なのです.

 平和々々と御題目を唱えるだけで平和が来るなら,誰も苦労はしません(これを“念仏平和主義”と言います).
 平和を望むなら(人の命が掛かっているだけに),確固たる裏付けが必要なのです.
 日本は昔,思慮が足らなかったばかりに,230万人以上の人の命を擦り潰してしまいました.
 もし,その人達が存命だったら,どれだけ素晴らしい事を成し遂げたでしょう(その人達の命が,アジアの独立に寄与した,と言うのは詭弁だと私は考えます).
 この様な悲劇を繰り返さない為にも,我々はしっかり軍事を学ばねばならないのです.

新所沢の三等兵◆Uk in mixi支隊


 【珍説】
「もちろん,国民は戦争を望みませんよ.運がよくてもせいぜい無傷で帰ってくるぐらいしかない戦争に,貧しい農民が命を賭けようなんて思うはずがありません.
 一般国民は戦争を望みません.ソ連でも,イギリスでも,アメリカでも,そしてその点ではドイツでも同じことです.
 ですが,政策を決めるのはその国の指導者です.
 …そして国民はつねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます.国民にむかって,われわれは攻撃されかかっているのだと煽り,平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればよいのです.
 このやりかたはどんな国でも有効ですよ」

ヘルマン・ゲーリング元帥

 【事実】
 どんな国でも有効とは限りません.

>貧しい農民が命を賭けようなんて思うはずがありません

からして明白に誤りです.

 例えば18〜19世紀のロシア農民は,愛国イデオロギーの裏づけがないにも関わらず,「最低の装備にしては当時の欧州最高の兵士」と評価されています.
 20世紀のインド植民地軍も,英国への忠誠において高く評価されています.
 職務に殉じて全滅した傭兵も,教皇クレメンス5世を逃がすための時間を稼いだスイス人傭兵を初めとして少なくありません.そのスイス人傭兵の多くは,出稼ぎ農民でした.

 反対に,「愛国心」を旗印にしたインド国民軍は,投入方法のまずさもあって,士気はだだ下がり.

 また,プロパガンダにも限界があります.
 プレスの自由が確立されている地域では,対抗プロパガンダがすぐに現れるので,効果が薄くなります.
 また,プロパガンダの嘘が一つ暴かれれば,反動で国家そのものへの不信を招くことになります.
 そもそも,それほどプロパガンダが有効であるなら,メディア・コントロールが徹底している北韓には反政府勢力など一人もいないことになってしまいますが,現実はそうではありません.他の,国家がメディア管制を敷いていた独裁国家でも同様です.

 要は「愛国心」は,ただ笛を吹けば踊るようなものではないのです.

 ゲーリングはしょせん飛行中隊長がお似合いのレベルなようで(笑).

消印所沢 in mixi,改

 そもそも,宣伝機関のボスでもない,単なる空軍の親玉(しかも,空軍の最高司令としても無能だった)に過ぎないゲーリングの言葉にどんな重みがあるんだ?
 専門分野がまるで違う,畑違いだろうが.
 ゲッベルス宣伝相の言葉だというなら一考の余地はあるがね.

 ちなみに,このゲーリングの一文は,ニュルンベルグ裁判の時のものだが・・・ゲーリングは大戦後半の時点で度重なる失敗(バトル・オブ・ブリテン敗退,スターリングラード物資空輸作戦失敗など)でほぼ失脚状態にあり,戦争末期には薬物中毒状態にあった.

 ヤク中の中年太りの親父の言葉に,どんな重みがあるんだ? なぁ?

JSF in 週刊オブイェクト,2006/6/4,コメント欄


 【質問】
 考えたんですが,みんなが国際結婚をしたら世界は一つになり,戦争はなくなるんじゃないでしょうか?

 【回答】
 ご家庭が戦争の最前線となる可能性もあながち否定できない.

 例えばイラクでは,シーア派とスンニ派の間でかつてはごく普通に結婚があったようです(新聞ソースなんで厳密なものではない).
 しかし,現在はそのような例は無いし,結婚している夫婦も,今だったら結婚していなかったと話している.

 次に宗教の問題.イスラム教では解釈によっては啓典の民(ユダヤ教,キリスト教)以外との婚姻を禁じる向きがある.

 そして交通の問題.我々の大半は世界の大部分の土地に足を踏み入れることなく死ぬ.
 つまり国際的に融合する前提がまだまだ満たされていない.

軍事板

 それは,人々がより親しくなれば平和も訪れる,という願望です.
 しかし,人間1人が知り合える人数には限界があることと,言語や習慣や趣味の違いが関係を遠ざけるように,国内よりも国外の人間との架け橋が強くなることは極めて希.
 戦争という巨大なうねりをせき止めるほどの効果があるとは期待できず,かの小さな変化に過大な期待を持つことは「判断を誤っている」としか思えません.
 これは,「人々がきちんと交通ルールを守れば事故はきっと無くなるに違いない」,というのと大差ないレベルかと.
 国内だけで年間1万以上の死者を出す現状を事故ゼロにするなど,夢物語としか言いようがありません.

 以上のような願望や,見当違いの判断をする人は,本当の平和から逆に遠ざかってしまいます.
 また,平和のためにと考えながら,侵略者の手のひらで踊っているだけということに気付かない人も居ます.
 それらをきちんと指摘することが平和への道かと.
 こんな私を,「平和を望んでいないのだろう」という捉え方をする人は,余りにも考え方が純粋過ぎというか,はっきり言えば幼いと思いますね.
 もっと歴史や政治を見つめて欲しいものです.

ごんじい in mixi


 【質問】
 平和に対する笑いの功能は?

 【回答】
 テロに依らずに文明からの逸脱,自尊心を取り戻すための抵抗運動を行えるという点で有用であるという見方がある.
 以下引用.

 今日の人間社会は,複雑な機構を維持するために,多くのルールによって個人を縛っている.
 フロイトは「文明は抑圧である」という有名な言葉を残しているが,文明社会は,人々の行動を抑圧し,管理する.
 そして,笑いやジョークは,このような文明社会からの逸脱である.
 笑いはテロと違って,平和な破壊活動であるといえるだろう.
 笑いは抵抗であり,また,人間の独立宣言であるともいえる.

マーヴィン・トケイヤー著『ユダヤ商法』(日本経営合理化協会出版局,
2000/9/7),p.217

 上記は,多くの「古典的名作」を生み出してきたユダヤ・ジョークを踏まえての見解であることから,拝聴に値すると言えよう.
 ただし,トケイヤーの信頼性については疑問を呈する声もなくはないようだが(真偽未確認).

 失笑ではない笑いは,相手を人格ある人間として認めているという事でもある.
 そういう対象には容易には引き金を引けなくなる.
 実は笑いこそが,平和への一番の近道かもしれない.

 また,立川談志は次のように述べている.

談志 話を戻しますが,この間来日したブッシュ大統領が晩餐会でちょっと吐いたでしょう.
 あの時,米国のマスコミが,
「ブッシュのスーツの洗濯代は高くつくだろう」
と論評しましたが,日本側もお返しに,
「米はもっと高くつくぞ」
とかユーモアで返してもいいんじゃないか.
 「常識」によって歪められたものの解決には,ユーモアで対処するのが正常で,「マジメ」と称してる連中の処し方は嘘なんじゃないかと,落語は語ってる.
(1992年3月号)

『談志人生全集』第3巻(講談社,1999.12.15),p.390

 「常識によって歪められて」いるかどうかはともかく,常識ではにっちもさっちもいかなくなったようなとき,そういうマジメを逸脱した処し方こそ「ホント」なんじゃあねェか?と.


 【質問】
 「サゲの4類型」とは?

 【回答】
 桂枝雀師匠が発案しているもので,落語の「サゲ(落ち)」を以下の4つに分類するもの.

 (1) ドンデン
「『こっちかいな』と思てたら『あっちやった』」
という,いわゆるドンデン返し.
 それまでの流れから類推される定型シチュエーションをひっくり返すことで,笑いを成立させるというもの.

 (2) 謎解き
 なぜそうなるのか?ということへの回答が,オチになるというもの.

 (3) 変
 最後に常識の枠を超える珍事が起こることでオチになるというもの.

 (4) 合わせ
 ダジャレ等,意表を突いた部分での一致が起こることでオチになるというもの.

 詳しくは,『らくごDE枝雀』(ちくま文庫,1993/10/21),p.92-125を参照されたし.
 上記回答内の「」書きは,ここからの引用.

 私見だが,落語に限らず,あらゆるネタやジョーク等に応用できるのではないかと思われる.
 そこで現在,別館にて応用を試行中.

 そんなわけで,ここでは軍事サイトなのに落語のオチの分類についての項目が入っているという,(3)「変」を狙ってみましたとさ.


 【質問】
 戦争以前に武器商人,それ以前に武器工場と掘り下げて考えてみると,工場で働く者は必ずしも悪とは限らないなと.
 自分の家族の為に働く者達,我々となんら違わない,ただ働く場所の違いなんだって.
 武器工場をなくしたらその者達は仕事がなく家族も巻き込む.
 その時に我々や各国々はどうしたらいいのでしょう?
 この世から戦争や武器はは無くさなくてはならない.
 でもそこで働く者達のその後の生活は・・・最近思った疑問です.

天ノ邪気 in mixi
(軍事学的考察上の必要性に鑑み,
引用権の範囲内で引用しています)

 【回答】
 私なりの見解を書きます.

 まず,ここでの争点は「武器がなくなった」と仮定して,その後,その人たちが,何で糧を得るか?と言うことでしょうか?
 であれば「武器をなくせるかどうか?」という視点はあえて無視させていただきます.

 それだけを争点にするのであれば,資本主義各国が,重工業から,サービス業へ産業の形をシフトさせていったように,産業の形態を変化させればいいと思います.
 軍需産業で得たスキルを生かせるなんらかの産業へ再就職,また,そのプログラムを国が作り,補助金を出すと言う手段もあるでしょう.

 どちらかと言うと「働く人の意識」の問題かとも思います.

ますたーあじあ in mixi


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