「…………………はぁ」

 

魔道書を読む手を一旦止めてエリスはため息を一つついた。

どうにも身が入らない、全然文字が頭の中に入ってこない。

別に集中力が途切れたとか目の前の魔道書の理論が理解出来ないわけではない。

……集中出来ない理由はわかっている、だけど認めたくないだけだ。

 

「……今は大体序盤辺りかな」

 

カノン学園という魔法使い養成所学校が月に一度行う序列試験、そしてその試験はもう始まっている時間だった。

別に序列試験に参加出来なかった事を嘆いているわけではないのだが……何故か気になってしまう。

エリス・スノーフェンリルは"現在"序列一位の魔法使い、だが正直入った年が不作だった。

唯一自分と張り合えそうな人間は同学年では3人、その内の2人もそろそろランク外に行きそうだ。

出来れば自分としては競争が激しい3年、2年に飛び級したいがそんな制度はカノン学園にはなかった。

現在の一年生で本気で戦えそうなのは倉田一弥に美坂栞ぐらいだ。

もっとも本当の実戦訓練であったのなら倉田一弥ぐらいしか張り合える対象はいないだろうが……。

自己能力の向上を目指すエリスとしてはこの事実は少なからず落胆を覚えてしまう。

―――これでは何の為に自分がカノン学園に入ったかわからなくなってしまう。

だけど、今はそんな事で悩んでいたわけでは決してない。

ただ……純粋に"みんな"の様子が気になっているのだ。

同じ時を過ごしている同級生としての立場で、魔法使いにはあるまじき"仲間意識"という点においてだ。

 

「甘え……かな、これも」

 

こんな事、師匠が知ったらどう思うかな?

魔法使いとしての自覚が足りないと怒るか……それともそんなくだらない事を考える自分に呆れるか……。

……まあ、そのどちらでもない事は本当はわかっている。

多分師匠は私の頭を小さな子供にそうするように撫でながらこういうのだ。

 

『それはエリスが他人を思う事が出来た証拠だよ、恥じる事は全然ない』

 

他人に優しく、自分に厳しかった師匠だからこそ……多分今の私を見ても優しい笑顔で笑ってくれる。

十年前に全てを失くした自分だからこそ、今人の為に思いやる事が出来る自分を師匠は褒めてくれるだろう。

そんな師匠だからこそ、今の自分の目標であり―――私の目指すべき魔法使いの在り方なのだから。

だから自分も半端な気持ちで魔法という分野に望むわけにはいかない。

師匠に及ばないまでも……近づく事ぐらいは出来る筈だ。

だから気持ちを切り替えて―――今は一つでも多くの魔法を覚えることに集中しよう。

それが師匠に魔法という神秘を教えてもらった自分の役割だと信じているから……。

 

 

 

 

「―――師匠の"二つ名"だった"万能の守り手"の称号は絶対に汚さないからね」

 

 

 

 

ロードナイツ

 

外伝

「カノン学園序列試験(中編)」

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

自分の息が騒がしい、だが止める事は出来ずにただ苛立ちのみが積もっていく。

―――なんなんだこの試験は、今までの試験とはまるで違う。

何がと問われれば全てが違うと答える、それほど異質な試験だった。

……遠くの方で誰かの悲鳴が聞こえる、だがそれももう慣れた。

……割と近くで誰かが魔法を唱える声が聞こえる、だがそんな事ではもう慌てない。

普段日常で味わう感覚とまるで違う環境に長時間いるせいか、神経まで麻痺したように感じる。

どうしてこんな事になったのか、どうしてこんな試験に出てしまったのか。

学園長の考えが掴めない、こんな事して何の意味があるというのか?

 

「はぁ……はぁ……は―――」

 

そして―――ついに俺もその気配に気づく事になった。

そうか、ついに俺の番って事かよ……。

真後ろから感じる気配が一つ、振り向かなくともそれが何なのかがわかる。

多分"アレ"だろう、俺としてはこのままやられるわけにもいかないので抵抗はするが……正直勝てる筈がない。

後ろに迫る"アレ"に対して俺は魔力を高ぶらせながら準備を怠らない。

 

だが―――後ろに迫る相手に果たして俺の魔法がどれほど通じるのか―――わからない。

 

まったく通じないのでは?―――考えるな。

俺の魔法ストックでは相手に傷さえつけられないのでは?―――想像するな。

どう頑張っても俺じゃあ"アレ"には指一本触れる事さえ出来ないのでは?―――やめろ、それ以上……。

 

 

俺なんか……一瞬で殺されるんじゃ―――?

―――考え――る――――な。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

カノン序列試験

一年の部

 

 

「また一つ……悲鳴が聞こえましたね」

「……え、えぅ」

「そろそろ順番的に僕らの番みたいですけど―――準備は出来てますか?」

「だだだ、大丈夫です……多分」

 

青い顔をした美坂栞は隣にいる倉田一弥にそう答えた。

試験開始から聞こえてくる悲鳴や怒声などが聞こえてくる度に栞はその小さい体をビクッと震わせている。

そんな栞を見かねてか、スタート時点から別行動を取ろうと思っていた一弥は予定を変更し苦笑しながら行動を共にしていた。

流石に序列生徒である栞が他人の悲鳴に驚いて試験に落ちたりでもしたらいい笑いモノになってしまう。

栞の複雑な事情を知っている一弥は放っておく事が出来ずに現在に至る。

 

「それにしてもやられましたね、第一試験の篩がこれですか……」

「うぅ〜、自分の"潜在的なトラウマ"を克服しよう……なんて試験は人類の敵です」

「考えましたね、学園も」

 

人が誰しも持つマイナスのイメージ。

そのマイナスイメージを自らの力で打破出来るように作られたのがこのカノン学園幻想の間。

ここでは自らが潜在的に、「これは嫌だ」「これには敵わない」と思っている意識部分を実際のイメージとして現実に投影させる。

―――つまり、頭の中で描いている自らの「弱点」を映し出しそれを自らの力で打破してこそ更なる能力の向上が目指せるという事らしい。

 

「それにしてもこれはやりすぎでしょう……」

 

一弥は周りを見渡しながらため息をつく。

どのような作用があるのかわからないが、今自分達は"森の中"にいる。

しかも普通の森ではなく、色々な見た事もないような植物に囲まれている不思議な森だ。

―――幻想の間はそこまで大きくなかったはずですけど……これは幻覚の一種ですかね?

取り合えず試しに一番端、つまり教室の壁がある"終点"を探してみたが―――そんなものは何処にもなかった。

つまり今この場所はある意味密室であり、ある意味無限で開放された空間だった。

多分途中で道がループしている為脱出不可能の箱庭の中に自分達は存在しているようだ。

こんな手の込んだ事をする理由はただ一つ、精神的に追い詰める為だろう。

何処に逃げても絶対に出られない、どんな魔法を使っても絶対に抜け出せない。

実戦慣れしていない魔法使いにとってはこれほどのシビアな環境はない。

精神が弱い人間ならば一種の恐慌状態になってしまうだろう。

 

「えぅ……えぅ……」

 

今の美坂栞がいい例だ、彼女は多分一人きりでこの森の中で置き去りにされたらパニックになるだろう。

悲鳴が飛び交う森の中で平常心を常に保つことなど……並みの人間には出来ない。

まるでサバイバルの真似事をしている気分になってくる、少しでも気を散らすと眩暈で倒れそうになる。

―――駄目だ、精神をしっかり保たなければ……学園側の意図に嵌ってしまう。

こんな所で負けるわけにはいかない、奥歯を静かに噛み締めながら精神を統一する。

大事なのは平常心―――何者にも揺らがぬ鋼鉄の精神だ。

……っと、その時前方に迫る気配を二人とも感じ取った。

 

「………来た、でも気配から言って――僕にじゃないね」

「えぅ……この気配は………まさか……っ!」

 

栞は絶句しながら目の前に迫ってくる気配に怯えていた。

何が来るのか―――潜在的なトラウマという事は言い換えれば"何でも"ありだ。

例えば……童話の中でしか見た事がない幻想種の姿を思い浮かべればその通りのモノが出てくるだろう。

要は思考力、自分を自制する能力の有無で相手を弱くも強くも出来るのだろう。

―――何て手の込んだ嫌がらせだ、これは。

 

「えぅ!? ―――き、来たです!!!」

「―――――っ!?」

 

前方の林から何が出てくるか分からない、自分の試験ではないのだがあまりの栞の慌てように瞬間的に杖を掲げた。

―――が、次の瞬間……倉田一弥は持っていた杖から手を離し……そのまま地面に落としてしまった。

あまりにも予想外の展開に思考が追いつかない、これが美坂栞のトラウマだというのだろうか?

ガサガサという音を響かせながらこちらに歩いてきたのは……一人の魔法使いだった。

長髪にウェーブがかかっていて黒に近いグレーのマントを靡かせながら現れたのは、紛れもない美坂栞の"トラウマ"だった。

 

「あら、栞じゃない……いきなりで悪いけど倒させてもらうわね」

 

二年、現在序列5位である"女魔法使い"―――美坂香里という栞にとって最強の強敵であった。

 

 

 

 

 

カノン序列試験

二年の部

 

 

そして―――周囲を巻き込みながら火炎の渦は美坂香里を焼き殺そうと吹き荒れた。

その情景を熱気でやられそうになる瞳で何とか捉えると自分と同じ速さで疾走してくる人影を捕まえた。

視界にぼんやりと浮かぶそれは―――まるでこちらの思考を読んでいるかのようにうっすらと笑っている。

これが美坂香里のトラウマ、なるほど……嫌味が効いている。

―――美坂香里は舌打ちしながら迫ってくる人影に向けて杖を向ける。

すると相手もまったく同じタイミングで杖を掲げてきた。

 

「「―――"インフェルノッ!!!"」」

 

そして、互いにまったく同種の中級魔法を詠唱破棄で打ち合った。

結果……先ほどと同じように火炎の渦が辺りに舞い上がり"美坂香里"を焼き尽くさんばかりに吹き荒れる。

その光景を忌々しそうに眺める香里、距離を取ろうとすると相手が詰め寄り――逆に距離を詰めようとすると相手が離れる。

互いの手口をよく知り尽くしたが故のジリ戦となってしまっている事に香里は顔を苦々しく歪める。

 

「―――"フレアッ!!"

 

片方が牽制とばかりに初級魔法で仕掛ければ、

 

「―――"ウォーターウォールッ!"

 

相手も瞬時にその威力を悟り最小限の障壁で防ぎ間合いを詰める、そんな一進一退の攻防が続いていた。

どちらも決め手を使えないが故に起こる最低な戦況、だけど―――それも仕方ない事なのかもしれない。

ならば……戦況を打開する術は……戦いではないのだろう。

相手の土俵に自ら進み出たくはなかったが―――仕方ない。

美坂香里は覚悟を決めて目の前に立っている自らのトラウマに話しかけた。

 

「………このままやっても勝負がつきそうにないわね」

「……そうね、"私も"そう思ってたわ」

 

そう答えた相手の顔を見て、香里は不機嫌そうに舌打ちする。

―――すると相手は香里をまるで格下の相手を見下ろすような表情でつまらなそうにこちらを見据える。

……まったく忌々しい、そんな顔で見られる事自体が不快でならない。

 

「ねぇ……一つ聞きたいんだけど」

「何よ……?」

「これが私のトラウマなわけ?」

「―――あなた本人が一番わかってるでしょう? ねぇ? 美坂香里さん?」

 

そう言い放ち、目の前のトラウマは笑った。

手を口にあて、まるでこちらを馬鹿にするように笑っている。

いつも―――鏡で見る自分の顔で―――不快に―――そう笑った。

そう、美坂香里のトラウマ―――それは……"自分自身"に他ならなかった。

"自らの妹すら救えない"出来損ないの魔法使い、美坂香里は目の前で愉快そうに笑っているのだ。

それは自分自身、自らが一番許せない人間、それが自分自身。

それが、美坂香里の最悪のトラウマだった……。

 

 

 

 

「―――うおっ! マジで洒落にならねぇって!!!」

 

そう叫びながら北川潤は必死に迫り来る衝撃をかわし続けた。

北川がその衝撃をかわすと―――丁度真後ろにあった大木が直撃を受ける。

そして―――その樹齢五百年はあろうかという巨大な大木はそのまま"消え去った"

後に残ったのは……不自然なそれまでの主を失った哀しい空き地がポツンと出来上がっていた。

 

「うわ……そんな反則ありかよ……っ!」

 

そのような規定外を目の当たりにして思わず北川の額から冷たい汗が流れ落ちた。

―――こんな一撃、食らったら即死だな。

北川は軽く苦笑しながらも流石に自らが行った軽率な行動に自己嫌悪した。

……ほんの軽い気持ちで試してみたが―――こんな大問題になるとは思わなかった。

これはまずい、何がまずいって"自らの切り札"を使えない時点でかなり厄介だった。

 

「……………」

 

しかしそんな北川の思考など露知らず呼び起こされた"幻想"はただ目の前の敵を葬る事しか考えていなかった。

そして……男は持っていた身の丈ほどもある巨大な剣をまるで重さを感じていないように持ち上げ―――そのまま振り下ろす。

―――直後、目に見えぬ不可視の斬撃が一直線に北川へと迫る。

時間にして瞬きすら遅く感じるような速度で絶望的な"死"が目の前に迫ってくる。

……そんな光景を目の当たりにして、口を歪めながら北川は出来る限りの魔力を脚力に変換してその一撃を避ける。

すると今度は後方にあった森林地帯がぽっかりと音も無く"消滅"した。

 

「……はっ、何て出鱈目だよ」

 

自らが呼び起こしたトラウマに対して北川は次弾を警戒しながら軽く愚痴った。

しかしやはり相手は無言で繰り返しのように剣を上空に掲げる。

まるでそれ以外の作業を知らないかのように―――ただ"剣"を振り下ろす。

 

「少しは―――休ませろってのっ!!!」

 

北川は半ばヤケクソになりながらもその一撃をまたも自らの脚力によって避けきった。

そして―――そのまま北川は自らに迫る新たなる"死"を思考よりも速く直感で感じ取り、着地と同時にもう一度全力でその場から逃れる。

その刹那、数秒前まで自分の心臓があった空間に切り裂くような一撃が振るわれる。

……流石にその事態を理解した北川は内心を驚愕で埋め尽くした。

―――はは、マジかよ……そりゃ反則だろ。

自分はそんな"設定"を考えていない、これは"契約違反"だ。

 

「おいおいおいっ! 進化する幻想なんてありかよ!!」

 

そう、確実に自分の"設定"したトラウマは進化している。

自分が"思い描いた"彼の姿は、"身の丈ほどある巨大な剣を使いこなす化け物"という"設定"だった筈だ。

それなのに何故、設定に含まれていない能力を使ってくるんだ?

まさか―――幻想の間って所は"トラウマ"を見せるだけでは物足りず―――現実の情報まで再現しちまうのか!?

 

「は……はは…はははははは」

 

なら最悪だ、比喩でも何でもなくて―――正真正銘の"最悪"だ。

―――元来、北川潤にはトラウマと呼べるトラウマは存在しなかった。

自分の生きてきた人生の中で挫折もなければ後悔もない、極々恵まれた環境で過ごしていた。

だからこそ、北川は今回の試験で"とある実験"を思いついたのだ。

その結果が……今目の前にいる"最悪"の事態。

 

「トラウマがないなら作っちまえばいい……か、俺って馬鹿だよな」

 

―――そう、北川は自らトラウマを作成した。

エリス・スノーフェンリルに今回の試験内容を聞いて―――実験的に"とある人物"を自らのトラウマに"指定"したのだ。

そして―――今目の前に、その実験結果が確実に存在している―――自らの予想を遥かに超えた幻想が。

 

 

 

 

「"剣の支配者"―――第36代目の"ジークフリート"を継ぐシグルズ・バルムンク……か、我ながら欲張ったもんだな」

 

 

 

 

―――そして―――目の前に迫る、"世界最強の単独戦闘能力"を持つ化け物の"幻想"は一瞬にして―――北川潤の体を切り裂いた。

視覚さえも出来ず、認知すらも叶わぬ一撃は、先ほどまでの"設定"された鈍重な一撃と違い―――静かに北川の体を両断した。

 

 

 

 

 

カノン序列試験

三年の部

 

 

静かに―――密林の中で川澄舞は自分のトラウマと向き合っていた。

剣を抜くわけでもなく、また、魔法を唱える様子もなく―――ただ静かに―――舞は目の前に浮かぶトラウマを見つめる。

舞の目の前、"それ"は向き合うようにして舞の眼前にただ静かに浮かんでいる。

何をすべきでどうすればいいのかもわかっている―――覚悟もある。

前回の試験ではどうしても受け入れられなかった自分のトラウマ、いや―――自分の人間としての"起源"と言うべきか。

"それ"は暖かく、こちらを見据えるだけで何もしてこない。

―――それは自分に敵意がないから、拒絶をしていないから。

 

「―――おいで」

 

だから、ただ一言―――舞は両腕を差し出して静かにそう呟いた。

表情には何の感情も浮かんでいないような無表情で……だけど何処か温かみを持った声で舞は"それ"を受け入れる。

……思えば簡単だった、考えれば当然だった。

これは確かに自分のトラウマであり、そして―――自分の起源だったんだ。

だけど認められなくて、そして―――受け入れられなくて―――でも―――今は違う。

―――そして、舞の目の前に浮かんでいた"それ"は何度か巡廻するように彷徨ったのち……静かに舞の元へと向かっていった。

舞は"それ"を抱きしめるように包み込むと―――そのまま一滴の涙を流した。

そして―――最早声にならないぐらいの小ささで、しかしはっきりと呟く。

 

 

――――――お帰りなさい……っと。

 

 

 

 

「はぇ……あなたが佐祐理のトラウマさんですか?」

 

倉田佐祐理は少し驚いたように森林の中から出てきたモノを見つめていた。

それはまるで絵巻の中に出てくるような蒼き瞳を持ち白銀の鱗を輝かせて遥か頭上から見下ろす巨大な"ドラゴン"だった。

二つの翼が左右に存在し、鱗に覆われているドラゴンは絵巻で見るそのままの姿で目の前に存在していた。

流石に幻想種レベルの相手が出てくるとは思わず佐祐理は暫く呆けたように相手を見上げる。

 

「あはは〜、今回の佐祐理のお相手は竜さんですか〜」

 

前回は確かヨルムンガンドの子供でしたよね〜っと笑いながらゆっくりと腰に差してあった杖を引き抜いた。

その様子を見て、白銀色に輝くドラゴンは目蓋をまるで人間のように細め佐祐理を見つめる。

そして―――静かに口を開いた。

 

『小さき者よ、お前は我が恐ろしくはないのか?』

「ふぇ? 竜さんってお話が出来るんですか?」

 

まさか自分が呼び出した幻想が喋るとは思っていなかった佐祐理は不意をつかれたようにドラゴンを見つめた。

そんな佐祐理の姿を見ながらしかし白銀色のドラゴンは不思議そうに顔を顰める。

確かに自分は幻想、そんな事"自分"でもわかっている。

ただ一瞬の幻であり、目の前にいる人間に作り出された借り物の器。

しかし―――だからこそ不思議だった。

自分はトラウマの象徴、相手が恐れる畏怖の対象なのだ。

それなのに―――何故目の前の人間は恐れない?

 

『我の名前はイルルヤンカシュの末裔―――ソトースストカシュ、幻想に生きる水龍の異端児』

「イルルヤンカシュ……という事はイルヤンカさんの子供という事ですね、あれ? でも確かイルヤンカさんは海龍だったと思いましたが?」

 

確かイルヤンカさんは翼がありませんでしたよね?っと佐祐理は首をかしげる。

そんな佐祐理を見て、ソトースストカシュは僅かに不愉快そうに顔を顰めた。

―――自らの出生の事を言われたのが腹に立ったわけではない、むしろ目の前にいる人間自体に腹が立った。

自分は目の前にいる人間に"トラウマ"として呼び出された魔物、なのに相手はまるで"自分の事など知らぬ"といわんばかりではないか。

 

『……間違っておらぬ、しかし我はイルルヤンカシュと翼竜であるバハムートの間に生まれた異端児―――故にこのような姿をしている』

 

しかしそれを表面には出さず、ソトースストカシュは静かにそう告げた。

自分は幻想とはいえ誇り高き竜族の末裔、このような小さき者の前で無様に振舞う事など竜としての誇りが許さなかった。

何故なら自分は海の支配者であるイルルヤンカシュ、大空の支配者であるバハムートの末裔である。

幻想神種と言っても差し支えの無い両者の末裔として常に気高くあるべきだ。

―――だが、そんなソトースストカシュの想いとは裏腹に佐祐理は笑いながら言った。

 

「でもどうせならレヴィアタンさんぐらいの幻想が出てきて欲しかったですね〜」

 

瞬間―――ソトースストカシュの理性は焼ききれた。

佐祐理が何気なく口にした名前、ソトースストカシュとしては聞くことさえ侮辱な名称。

レヴィアタン、通称―――リヴァイアサン……イルルヤンカシュが海の支配者だとするとリヴァイアサンは海そのもの。

―――だが、"海"を支配している筈の我が先祖すら敵わなかったと云われる神殺しの正真正銘の化け物。

矛盾を超えた幻想と呼ぶに相応しい力を持ち合わせたその化け物の名を―――よりにもよってこの場で佐祐理は堂々と宣言した。

お前では役不足だ……っと、しかもよりにもよって望んだ相手がイルルヤンカシュの名前ではなくリヴァイアサンという名前を出して。

我が一族を滅亡の淵まで追い込んだ災厄の名前を何の躊躇もなく……言った。

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

瞬間、ソトースストカシュの口内から夥しいまでの灼熱の炎が舞い踊った。

最早手加減など一切存在しないただ辺りを全て灰と化す為だけに放った一撃をその思惑通り佐祐理へと向かっていった。

ドラゴンブレス―――そう呼ばれる竜族の得意技である。

体内に煮えたぎる熱量をそのまま放出するだけの単純な技だが、その一撃は岩をも溶かし大地を焼く。

しかもソトースストカシュはイルルヤンカシュ、バハムートには及ばないが竜族という囲いの中ではかなりの実力を持つ幻想種だ。

故にその一撃が全てを燃やしつくさんと発せられたのなら―――鉄を溶かし空を焦がすだろう。

だが―――その絶望的な光景を見ながら佐祐理は笑みを崩さずにただ一言―――まるで謡うようにそれを口にした。

 

「―――"リフレクトミラー"

 

刹那―――倉田佐祐理の目の前に展開された不可視の壁は襲い来るソトースストカシュの炎を全てそのまま打ち返した。

リフレクトミラー、魔法使いの中でも最高難易度の完全魔法反射魔法。

それを詠唱破棄、しかも何の触媒もなく自らの魔力のみで"2Sランク"並みの魔力容量を必要とする魔法を完璧に唱えた。

そして、自らが吐き出した炎が全て自分へと帰ってくる様をソトースストカシュは驚愕の表情で見つめていた。

ありえない、如何なる奇跡を使えばこのような小さき人間如きが自分が発した炎を完璧に打ち返してくるというのか。

 

『ぐ―――があぁぁぁぁぁあっ!?』

 

自らが放った炎がソトースストカシュの白銀の鱗を焦がしていく。

竜はマグマにさえ耐えうる灼熱の胃袋を持つが外側は別だった。

いくら全ての衝撃に対し優れていようと、所詮は限りある障壁に過ぎない鱗―――ましてやこれは自分の最大級の一撃。

自らの障壁を貫通して、その身さえも焼けてしまったのも仕方なかった。

ソトースストカシュの鱗の対魔法レベルは例えるならば1S、そしてソトースストカシュが全力で放ったドラゴンブレスは魔法レベルいうと2Sレベル。

故に―――ソトースストカシュの一撃は自らの鱗が耐え切れる量ではなかった。

灼熱の炎に焼かれながらソトーススカシュは忌々しげに未だ笑顔の佐祐理を睨み付ける。

するとそんな視線に気づいたのか、佐祐理は一旦キョトンがその視線の意味に気づき再び笑みに戻った。

 

「ソトースストカシュさんは決して弱くはありませんでした、多分佐祐理の100倍は強いでしょう」

 

そんな事はわかっている、だが実際はこの結果だ。

幻想種たる自分がそう簡単に傷つけられる事など普通ありえない。

たかが人間如きがここ二千年ほどで開発した魔法などで……ここまでの失態をするはずが―――なかった。

なのに現に、今ここでこうして自分は人間如きに敗北を喫している。

このまま追い討ちをかけられればいくら再生能力が高い竜族とはいえ助かりはしまい。

鱗という防御壁がなくなった今……ソトースストカシュはただの魔物だった。

 

『何故……我が……』

「あはは〜、まあ簡単に言うとあなたは若かったんですね〜」

『―――な―に? どういう―事――だ』

「まず最初、あなたは自分の事を恐れない佐祐理に疑問を抱いた」

 

―――確かにそうだ、人間という貧弱な種でありながら竜という絶望的な種を前にして恐怖というものが感じとれなかった。

既に声さえも出なくなったソトースストカシュは瞳に力を込めて倉田佐祐理に直接話しかける。

 

「そしてその次に―――翼竜で無い事を指摘したら少し答えを迷いましたね? その時点で気づいたんです、佐祐理でも勝つチャンスはあるなと……」

 

どういうことだ……、どうしてそれだけでそう思える。

 

「簡単です、あなたは両親……っと竜族の間でもそういうんですか? えっと……とりあえずお父さんとお母さんを尊敬しているみたいでした」

 

竜族に性別という垣根は殆ど存在しない、人間的にいうならばイルルヤンカシュとバハムートは父であり母でもある。

 

「でもその割には迷いました、尊敬している親の事を話すのに―――それって言い換えれば尊敬するが故に存在するあなたの"トラウマ"ですよね?」

 

な―――んだと?

 

「はぇ? わかり難いですか? つまり……自分では届かない領域にいる親に対し―――あなたはコンプレックスを感じていた……というわけですね」

 

――――――――。

 

「そしてそれに気づいた佐祐理はわざと言いました、あなたのトラウマを更に上乗せする為に―――あなたの一族を滅ぼしかけたあの名前を」

 

レヴィアタン……、そうか―――そこまで知っているという事は―――。

 

「えぇ、ソトースストカシュ―――別名"怒れる白銀の竜王"ですよね?」

 

そうか―――全てを知った上であのような問いかけをしたのか。

そう、つまりはそういう事だ……目の前の人間はソトースストカシュという竜をあえて激怒させようとした。

そして冷静な思考を失わせ短絡的行動に出るのを待っていたのだろう。

何という"化け物"……自らのトラウマである筈の幻想に対し……その幻想のトラウマを利用するという発想。

全ては計算、つまりは誘導されたのだ―――幻想種である自分が。

 

『見事だ―――人間』

 

最後の全ての力を振り絞って……ソトースストカシュはそう呟き……その体を消滅させていった。

しかし―――消えていく間際、本当に最後の最後……倉田佐祐理は悪戯っぽく笑って最後のネタばらしを行った。

 

「あはは〜、最後の賭けも成功でした〜……実は佐祐理、この反射魔法と移転魔法っていう限定的な魔法しか使えないんですよ〜」

 

だからちょっとでも動いて……例えばその尻尾で打たれていたら佐祐理の負けでしたね〜っと笑いながら魔法使いは笑う。

そして―――ソトーススカシュは本当の意味で笑った。

消え去る一瞬、最早顔の筋肉さえ動かすのも苦痛だったが……笑わずにはいられなかった。

実はソトーススカシュはまだ余力を残しており、あのまま"再生"に力を割り振っていたら今頃まだ存在していられた。

だが……倉田佐祐理の話を聞き……再生に当てる筈の力さえも使ってしまった。

つまりは―――ソトーススカシュは完璧に―――人間である倉田佐祐理に完膚無きまでに負けたのである。

 

 

「―――さようなら、偉大なる白銀の竜王ソトーススカシュさん♪ また機会がありましたら遊びましょうね♪」

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

正直今回自信ナイデスOTZ

リハビリ第一弾という事で更新してみたのですが……やれやれ(何

流石に文章の組み立て方を忘れているみたいですね。

中途半端に長い外伝になったみたいで申し訳ないです(´A`)

前中後編になってしまいましたよ……やっぱり(ぇ

何だろう、何ていうか……スランプなんだなぁ(―д―|||)

次回は第二次試験、ようやく完結編……ようやく魔法使いバトルOTZ

あっ、ちなみに次回凄い長いです―――長編です、読んでて目が痛くなります、正直自分でも読み返したくありません(マテ

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