「合格者……21名ですか」

 

序列試験担当官が持ってきた資料を見て、水瀬秋子はため息をついた。

予想以上にトラウマを克服できた生徒は少ない、いや……この試験は"トラウマに打ち勝つ"事が目的ではないのでそれはいい。

だけど―――トラウマに立ち向かい挑戦した生徒の数が"21名"しかいないという事が問題なのだ。

それが合格者、全学年の序列生徒の空きは現在30席……これでは序列生徒数が足りなくなってしまう。

しかも合格者は誰も彼も現序列生徒ばかり、残りの序列生徒は今回の参加を辞退したから実質殆どの合格者が現序列生徒だった。

この結果は思っていたより芳しくない、不作―――というほどでもないがやはり量はともかく質は落ちている。

 

「現在の合格者は次の試験の控え室に待機させています……ですがもはやその必要もなくなったようですが……」

 

担当官は苦笑しながら告げる、確かにこれは序列生徒を選抜する試験。

だというのに序列生徒になれる人数に達していない現状では……これ以上人数を絞る意味もなかった。

 

「次元使い殿……どうしますか? 次の『総合戦闘実技試験』は中止した方がいいですか?」

 

総合戦闘技術試験、それは魔法使いの実戦に他ならない。

自らが持ち得る力、信頼、チームワークなどを駆使して勝ち残るサバイバル演習だった。

魔法使いは技術を隠蔽するもの、だが―――隠蔽しているだけでは"先"へは進めない。

時には実戦という場で戦うことも重要で、これから起こりえる"戦争"に備えた予行練習のようなものだ。

 

「いえ、中止にはしません―――序列生徒は必ず30名必要ですから」

「………ならば、どうするのですか?」

「30名必要だというのなら……そうですね、椅子取りゲームでもしてもらいましょうか?」

 

―――そう呟いた次元使い、水瀬秋子はうっすらと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

外伝

「カノン学園序列試験(後編)」

 

 

 

 

「―――ボール取り合戦?」

 

倉田一弥は意外な最終試験の内容を聞き、怪訝そうに担当官に聞き返した。

どうやら他の生徒達も同様のようで、担当官の顔を不思議そうに見ている。

 

「そうだ、今からお前達には一人一個のボールを配る……一年生は赤、二年生は青、三年生は白だ」

 

担当官はそう言って後ろに控えていた他の担当官に目配せする。

目配せされた何人かの担当官は手に持ったカゴから一人一人に学年を確認しながら一つ一つ手渡しで渡して回った。

全員に行き渡った事を確認すると担当官は説明を続ける。

 

「場所は先ほどと同じ幻想の間、この中でお前達が持っている色のボールを三つほど集めろ―――そうすれば君達は序列生徒だ」

 

ただしっと担当官は説明用に手に持ったボールを生徒達に向けて突き出しながら真面目な顔で注意事項を告げる。

 

「この試験には君達21人だけではなく、先ほど落ちた生徒達も参加する……君達に与えられるのはボール一つ、そして落ちた生徒達が持っているボールの数は二つだ! だが安心しろ、落ちた生徒は全部で五つ集めないと合格にはならない―――だからこれはハンデのようなものだ」

「つまり……今ここにいるメンバーは落ちた生徒を一人"狩れ"ばそれだけで合格だと?」

「その通り、しかしその逆も然り……ボールを取られた場合は失格にはしないがまた最初から集め直しだ、その上これは早い者勝ち―――実力が足りなくても頭を使えばもしかしたら"序列一位"という称号が与えられる可能性もある!!」

 

何人かの生徒が担当官の説明を聞き、感嘆の声を上げる。

序列一位、同学年の中でも最強の魔法使いにのみ与えられる称号。

要は時間との勝負、落ちた生徒なんて先ほどの試験を受からなかった半端者だ。

だったら……ここにいる誰にでも序列一位になれる可能性はある。

実力ではなく速さ、そして頭脳を必要とする試験に何人かの生徒は笑みを隠しきれていない。

 

「試験のルールは以上だ、その他のルールはない―――死者さえ出なければ後は君達の自由に戦うがいい!」

 

 

 

 

担当官の説明が終わり、残された21人がまず始めに考えたこと―――それは"チーム"だった。

この試験を一気に合格する為には火力がいる、いくら自分達の実力に自信があるとはいえ……一人で行動するよりも二人で行動した方が能率は上がる。

だが、数が増えるとそれだけ裏切りの可能性も出てくる、自分がより高い序列になるために仲間を蹴落とすやつが出てくるかもしれない。

信頼と裏切り、疑心暗鬼が21人がいる部屋中に漂っていた……つまりこの試験、誰も信用できない。

この試験は確かに……序列生徒を選抜するに相応しいテストだった。

………だがそんな均衡状態を知ってか知らずか、暢気な声が上がる。

 

「舞〜、よかったら佐佑理と組まない?」

「………わかった」

 

現3年の部序列4位、倉田佐佑理は同3年、序列一位の川澄舞とあっさり手を組んだ。

これに慌てたのは同学年の3年生達、倉田佐佑理の実力は恐れるほどではないが……彼女は一番厄介な自分物と手を組んだ。

カノン学園始まって以来の最強の魔法使い、入学してから一度も一位以外とった事がない天才……川澄舞。

数人の生徒はそう思い、"川澄舞"だけを睨むように見ていた。

しかしそんなマイペースな二人を見て、一人軽く吹き出す男がいた……金髪に癖毛が目立つ北川潤だった。

 

「いや〜、流石川澄先輩と倉田先輩……控え室の空気なんて一発で壊したな」

 

そう言って、北川は一人席を立って扉へと向かう。

そんな北川を見て美坂香里は軽く声をかける。

 

「あら北川君、あなた……仲間は作らないの?」

「―――仲間? あ〜、面倒くさい……でも美坂となら組むけど?」

「お断りよ、私は序列一位を狙ってるの―――あなたを蹴落としてね」

「………そっか、期待してるよ」

 

北川そう言って軽く手を振って控え室から出て行く。

そして香里はそんな北川に対して軽く睨みつけると、鞄を持って香里自身も控え室から退室した。

どうやら二人は協定は組まず、全部自分達で戦うようだ。

 

「………えぅ」

 

そんな二人の様子を見ていた美坂栞は情けない声を上げる。

―――出来ることなら自分は姉と組みたかったが残念なら学年が違う、助けを求める事は出来ない。

でも……栞はさっき戦った自分の姉の凄さに改めて戦慄していた。

美坂家次期当主、美坂香里は……自分では届かないほどに"魔法使い"だった。

あれが自分のトラウマなのは知っている、知っているが……それでもショックは大きい。

すっかり自信をなくした栞は、誰かとチームを組めないかと辺りを見渡す。

 

「えぅ……誰もいないです……」

 

知っている顔ぶれが少ない、唯一何回かこういう試験で仲間になっていた倉田一弥はいるのだが……今回の試験は組めそうにない。

何故なら倉田一弥は"上"を目指している、このような実力重視の試験で栞は自分がお荷物にはなりなくなかった。

そんな事を考えながら再度辺りを見渡すが、めぼしい生徒はすでに誰か他の人と組んでいた。

―――つまり栞はこの試験、一人で受ける事となるようだ。

 

 

 

 

そして、ついに試験は始まった。

 

 

 

 

【川澄舞&倉田佐佑理】

 

「あはは〜、またジャングルに戻ってきたね〜」

「………うん、植物さんがいっぱい」

「舞は植物さんも大好きですからね〜、佐佑理も森林浴は大好きですよ〜♪」

 

森林にそんな普段通りの二人の会話が大きく響く。

他の生徒も何処かにいるはずなのだが……舞達のように話などはせずに試験に夢中になっているようだ。

―――だからこそ、舞達は話し続ける。

 

『………佐佑理、前方七歩の距離―――木の上』

『了解だよ〜、それじゃあ佐佑理が仕掛けるから舞はトドメをお願いね♪』

『……わかった』

 

そう"魔法"で会話しながら二人は表面上楽しそうに意味もない話を続ける。

つまりは釣り、大声で魚を呼び寄せて―――後は餌をちらつかせて襲いかかってくる"前に"仕留める。

魔法使いは攻撃する際に時間を要する、ならば逆にその時間を利用すれば魔法使いは倒せる。

自らが魔法使いだからこそ……舞と佐佑理は魔法使いの攻略法を知っていた。

 

「それでね〜、最近「メイガスの書」っていう本を見つけたんだけど理論が難しくて大変なの」

「………佐佑理にわからないような本は私にもわからない」

「そんな事ないよ〜、舞は頭がいいのに―――――"転移ッ!!!"

 

それは―――僅か数秒の出来事、それまで彼女達を観察していた男子学生は一瞬にして木の上から落とされていた。

何があったのか……わからない、ただ彼女達を見つけて即座に敵わないと思い木の上に隠れていたのだが―――いきなり倉田佐佑理が消えた。

刹那、自分の体はまるで宙返りをするように舞い、そしてそのまま地面へと落下した。

……激痛が奔る体に顔を顰めると、何とか現状を認識しようと思い立ち上がろうとしたが―――首元にヒヤリと冷たい何かが当てられていた。

 

「………動くな、両手を地面について口を閉じろ――おかしな真似をしたら容赦はしない」

 

―――冷や汗が流れる。

一瞬の出来事に、男子学生は言われたとおり……口を噤み両手を地面に置いた。

殺される、生まれて初めて明確な自分の"死"を実感した男子生徒には最早抵抗の意志はなく……ただ呆然と命令に従っていた。

 

「あはは〜、上手くいったね〜」

 

そう微笑みながら佐佑理は先ほどまで男子学生が隠れていた木の枝に座りながら舞に対し手を振った。

舞もそれに答えるように一つ頷き返すと剣を突きつけたままの男子生徒に向かい次なる命令を下す。

 

「……持っているボールを渡して」

 

舞はそう言って剣から片手を放し、男子生徒へと差し出す。

男子生徒は言われるがまま、自分のポケットに仕舞ってあった二つのボールを舞へと渡した。

その様子を見て、佐佑理は軽々と木の枝から飛び降り地面へと着地する。

 

「やったね舞、これで後一人からボールを貰えば終わりだよ」

 

佐佑理は嬉しそうに男子生徒と舞の元へ歩く。

……だが、数歩歩いたところで佐佑理は舞の様子がおかしいことに気づいた。

 

「……どうしたの? 舞?」

「………佐佑理」

 

いつも無表情な舞には珍しい微妙な顔で佐佑理を見つめる。

それに対し佐佑理は不思議そうな顔をしながら舞へと近づき……その理由を思い知った。

そうか……そういえばその可能性を忘れていましたね〜。

佐佑理は苦笑しながら情けない顔をした男子学生を見下ろす。

 

「………ハズレだった」

 

舞が持っていたボールは二つとも、真っ赤な色合いをしていた。

 

 

 

 

【北川潤】

 

「………あ〜、つけられてるな」

 

北川はそう声に出さずに呟きながら一人森林を歩いていた。

どうやら自分をつけているやつは中々の実力者らしく、中々尻尾を出さない。

落ちた生徒かはたまた別か、どちらにしても―――自分の後をつけてくるやつなんて思い当たるだけで数人しかいない。

まあ自分の実力も知らない馬鹿者だという可能性もあるが……多分それはないだろ。

 

「狩るか逃げるか……どっちでもいいけど面倒くさいな」

 

だが自分も試験に参加している以上はやらなくてはいけない。

北川は一つため息をつくと立ち止まり、見られている方角へ視線を送る。

 

「誰だか知らんが出てくればどうだ? 追いかけっ子はいい加減飽きただろ?」

 

そう言いながら北川はわかりやすいように右手を前に突き出し魔力を高める。

北川なりの意思表示だ、"隠れていないで戦え"という。

そんな北川の挑発に、隠れていた人影は軽く苦笑する。

何て分かりやすい挑発、これじゃあ出て行くしかないみたいだ。

 

「やあ、北川君―――久しぶり……っていうほどでもないかな?」

「お前か……何で俺をつけたりしてるんだ? 川口護君?」

 

北川をつけていた人物、川口護は微笑みながら物陰から姿を現した。

 

「そういえばさっきの控え室、お前いなかったな……お前らしくもなくトラウマなんてもんにやられたのか?」

 

北川は挑発するように川口へと話しかける、川口は微笑みを崩さずしかし間合いを詰めながらゆっくりと歩いてくる。

 

「まあね、僕じゃあどうやってもあのトラウマには勝てなかったよ―――むしろ"勝ちたくない"」

「なるほど……化け物の類じゃなく、戦いたくない方のトラウマか……それは考えてなかったな」

「その通り、あのトラウマは打ち勝つとかそういう類じゃないんだ……あれは心に仕舞っておくものさ」

 

―――そう言って、川口は腰に差していた短剣を抜くと一気に駆けだしてくる。

北川もそれを予知していたかのように素早く体勢を整えると真っ直ぐ川口に向かい走り出す。

川口と北川の距離がおよそ五歩程度の距離まで縮まり、両者とも一斉に地面を蹴った。

交差する二人はそのまますれ違い、相手まで二歩の距離で反転しお互いの"獲物"を突き出し合う。

キィン―――という金属音が響き渡り両者共一歩後退して距離を置いた。

 

「"破魔の短剣"……か、厄介な魔道具持ち出してきたな」

 

北川は距離を離した位置に微妙に腰を落としいつでも駆け出せる格好で舌打ちする。

 

「そっちこそ、"フランベルジュ"とは……随分実戦的だね」

 

川口もそう言うと北川とは対照的に直立姿勢で立ち、短剣を持つ右腕を前に出し……何も持たない左腕を背中側へと回す。

そんな両者の緊張は……時を重ねるまもなく高まり―――両者共次の一歩を踏み出す。

今度は直線的な動きではなく、北川はジリジリとした動きで片手に構えたフランベルジュを川口の方へと構える。

一方川口は、まるでただ歩いているように北川を中心としてぐるぐると廻りを歩き始める。

しかしそんな川口の歩法を見て、北川は感心したように苦笑した。

 

「おいおい、魔法使いが暗殺者の真似事か?」

「まあね、"襲歩"はどちらかというと馬術から派生した歩法だから慣れてない相手にとっては脅威かな?」

 

襲歩、ただ歩いているようにみせかけて突然軌道を変えて対象に迫る暗殺術。

蛇のような柔軟性で足を反転させ、そのまま真っ直ぐ低空跳躍するように"飛んで"迫る驚異的な技だ。

確かに襲歩は慣れていない相手にとって攻めにくく守りにくい歩法だった。

 

「抜かせ―――そんなもんまで会得してるなんてお前将来何になるつもりだよ」

「ん? そうだね……"異端狩り"のハンター志望かな?」

 

そう言って、川口は軽く笑う。

そして―――その直後、北川は川口がいる方角ではなく……頭上に向けてフランベルジュを振り上げた。

金属音が響き渡る、頭上から現れた"川口護"は軽く驚愕の表情で北川を見つめ―――刹那迫り来る衝撃に備えた。

 

「―――"ウォーターランス"

 

―――北川は詠唱を破棄して初級魔法を行使した、その直後……北川の周りにいくつかの水の塊が出現し―――川口に向け一斉に発射する。

飛んできた水の槍を手にした短剣で捌きながら―――川口は苦笑いをして一気に跳躍して木の上に逃げ延びる。

 

「―――あはは、流石北川君……まさか一回で僕のトリックを見抜くとはね」

「当たり前だ、襲歩なんて歩法如きでお前が挑んでくるなんて思ってないさ……あそこにいるお前は"蜃気楼"だろ?」

「"虚像"と言って欲しいな、これでも僕は氷系魔法のスペシャリストを自負してるからね……」

「どっちも変わらないだろ……、で? ネタがバレた手品師は次に何を見せてくれるんだ?」

 

北川は笑う、しかし目を細めて次の行動に出ようとしている川口をしっかり監視していた。

 

「う〜ん、期待に添えなく悪いけど―――次も襲歩でいかせてもらうよ」

 

川口はそう言うと木の上から飛び降り、またも北川の周りをぐるぐると回り始める。

………だが、北川はさっきとは違い……フランベルジュを用心深く構えた。

何かが先ほどとは違う、相変わらず絶やさない笑顔に……しかし不気味な静寂を感じる。

襲歩自体は怖くない、そんな歩法―――"こっちだって"極め終わっている。

だから川口がどんな襲歩を見せようが、来ることがわかっている歩法はさほど恐ろしくない。

だが、今の川口の様子を見ていると―――何かを仕掛けてきそうな気配が漂っていた。

 

「用心深いね、襲歩なんて歩法に君が怖じ気づくとは思ってないけど……何を感じ取ったのかな?」

 

川口は、自らの先手を見事に防がれたのに軽く笑みを浮かべながらそう問いかける。

しかし北川はそれには答えず、ただ川口が歩く軌道を読んでいた。

 

「―――何を考えてるのか知らないけどさ、かかってこないの?」

 

挑発するように川口は短剣を軽く手で弄ぶ。

しかし足は止まっておらずまだ北川の周りをぐるぐると回っていた。

 

「それじゃあ……僕からいくよっ!!!」

 

そして―――丁度三周半回りきった所で、川口の体はブレるように反転し……地面すれすれを滑るように跳躍した。

 

「―――これで、一つ!!」

「―――ちぃ!!! させるか!」

 

低空で迫る川口に対し、北川はその場から動かずに迎え撃った。

下手にさがってしまったら、間違いなく……身を切り刻まれる―――北川はそれを知っていた。

不意をつく為の歩法である襲歩は相手を一歩後ろへ下がらせる効果をもたらす。

これは急激な襲撃に対し、自己防衛が働き無意識に行ってしまう行動であり―――襲歩が暗殺術として使われる理由である。

すなわち、一歩退いた状態の人間は……一瞬動きが止まってしまう。

だからあえて北川は一歩足を"前へ"と踏み出した、そして低空で迫る川口に向けてフランベルジュを構える。

―――魔法で応戦しようとも思ったが、この速度では唱えている内にやられる。

そう判断した北川は、川口と同じように姿勢を低くして短剣を首を狩るようになぎ払う川口の動きに合わせ―――フランベルジュを振り下ろした。

瞬間―――鈍い金属音を響かせてフランベルジュは上空高く舞い上がり、破魔の短剣は地面に突き刺さった。

それを確認して、両者は一斉に目の前にいる相手に対し片腕を突き出しながら詠唱を開始した。

 

「―――"ローエンシュヴァルトッ!!!!!"

―――"コールドレインッ!!!!!"

 

共に詠唱破棄、しかも"上級魔法"の応酬により北川と川口を中心として巨大なる爆発が起こった。

……煙が舞い上がり、木々は消え去り、吹き飛んだ地面の土が辺り一帯に降り注ぐ。

"爆心地"には巨大なクレーターが出来上がっており、所々でモノが燃え、また所々でモノが凍っていた。

辺りが何も見えないその場所で、一つの人影がうっすらと笑みを浮かべた。

 

「……上級魔法の詠唱破棄を至近距離で、無茶苦茶するねぇ―――北川君も」

 

そう言って川口は身につけていたペンダントを首から外し、地面へと捨てた。

 

「お陰で切り札だった"ラストリゾート"まで使わなくちゃいけなかったよ」

 

最後に残された楽園を意味するそのペンダントは身につけている対象者の周りで巨大なる魔力の塊を関知すると自動的にシールドをはる魔道具だ。

およそ2Aクラスの魔法ならば相殺出来るほどの防御力を有したそれも、しかし流石に上級魔法には耐えきれなかったらしい。

川口は残念そうにそのペンダントを見下ろすと、一瞬で意識を切り替えて未だ煙がたっている方角へ視線を移す。

 

「流石に無傷とは思わないけど……平気なんだろう? いい加減出てきたらどうだい?」

「………馬鹿野郎、平気なもんかよ」

 

川口の問いかけに、苦々しい答えが返ってきた。

暫く川口は黙って声のした方向を見つめていると、次第に煙は晴れていき……片膝をついている北川を発見した。

口からは一筋の血が流れており、しかも腹部にダメージを受けたのか腹部を片手を押さえている。

そして、その腹部からは抑えきれない血液が流れ出していた。

 

「一杯喰わされた、お前何時の間に上級魔法を詠唱破棄なんて出来るようになったんだ?」

 

基本的に、魔法使いは上級魔法を詠唱破棄出来ない。

だからといって不可能というわけではない、きちんとした理論と魔力があれば可能ではある。

だが、多くの魔法使いはそれをしない。

何故ならばそんなものは魔力の無駄遣いでしかない、多対一が得意な魔法使いにとって……一気に魔力を消耗する戦いは自殺行為に等しい。

しかも上級魔法の詠唱を破棄するためには通常他の上級魔法を二つ覚えるぐらいの時間が必要となる。

だったら、頭のいい魔法使いは他の上級魔法を覚えるだろう。

だから、あえて川口護は上級魔法の詠唱破棄を学んだ。

不意をつくように、相手の油断を逆手にとるように……。

 

「僕だって驚いたよ、君が上級魔法を詠唱破棄出来るなんてね――ローエンシュヴァルトだっけ? 凄い魔法じゃないか」

「はっ、あんな魔法―――俺は生まれた直後から出来てたよ」

「それは怖い、流石"生まれながらにして"先に生まれた兄弟を無視して次期当主にのし上がった天才魔法使いだね」

「………何だ、お前―――知ってたのか?」

「それはもう、昼行灯北川潤―――今や君が北川家"長男"だって事は周知の事実さ」

「嫌みにしちゃ軽いな、そんな事……俺は何の負い目も感じちゃいないさ」

 

そう言って北川は立ち上がる、その際腹部に激痛が奔ったが―――北川はそれを無視した。

そして―――腹部を押さえた手とは反対に後ろのズボンに差した"あるモノ"から手を放した。

これを使えば多分、相手が川口だろうと数発で倒せる。

だが……使うわけにはいかない、これはそんな気軽に使えるものじゃない。

 

「さて、続けようか川口……ようやく体が温まってきた事だしな」

 

 

 

 

【美坂栞】

 

―――どうしてこう私は不幸なんだろう。

美坂栞は自分の運命を呪っていた、それもその筈―――何故か初戦がこんな状態だからだ。

 

「美坂栞……か、魔力は高いが質は大したこと無い―――狙い目だな」

「どっちから仕掛ける? 俺的には一人が美坂の魔法を止めてもう一人が攻撃、そしてもう一人が援護って形がいいと思うけど?」

「そりゃいいな、そうしようぜ……志智がオフェンス、吉がディフェンスだ―――俺は援護する」

「オーケー、早速仕留めてボール頂こうぜ……悪いな美坂! 俺達も必死なんだ」

 

勝手に盛り上がる三人の男子学生を見て栞は顔を青くしながら苦笑する。

どうしてこんな事になるんだろう……私が何したというのか。

取りあえず敵戦力は同じ学年の志智君と吉君に江夏君の三人、いずれも序列生徒一歩手前の生徒達だ。

戦力バランス的に釣り合いが出来ている三人に対しこちらは一人、しかも……えっと……女の子ですよ?

いや、魔法使いに男も女もないでしょうが―――これはいくらなんでも……。

 

「えぅ……」

 

でも……ボールを取られない為にはやるしかない。

三人ともさっきの試験に受かってないからボールは二つずつ持ってる筈だ。

だったら彼らを一人でも倒せば序列生徒入りは確実ということですね。

……あれ?ちょっと待ってください?

三人、ボール二つずつ、合計六つ……そんなにいりませんよ〜。

二つだけでいいって言われてるのに、何でこんなに不幸なんですか私は!

 

「行くぜ―――覚悟しろ、美坂!」

「えぅ……えぅ……」

「志智、でかいの頼むぜ!」

「任せとけ、この前中級魔法が出来るようになった俺様は最強だぜ?」

 

いきなり中級魔法―――!?

牽制とか威嚇とか腕試しとかはすっ飛ばしていきなりそれですかー!

 

―――灼熱の業火は天上の灯火、打ち砕け大蛇の如き戦慄を持って、"フレイムストームッ!!!"

 

宣言通り、志智君が詠唱を唱えると私の周囲を灼熱の火柱がまるで大蛇のように蠢き炎の竜巻を作り出す。

―――これは、詠唱破壊の中級魔法……対象者の周囲を燃やすことによって詠唱に必要な周りの空気を無くす窒息魔法。

完璧にこの魔法が決まってしまったらすぐに周りの空気は無くなり反撃すら出来なくなってしまう!

私は凄まじい温度の上昇により呼吸を制限された状態となり、すでに頭は朦朧としていた。

このままじゃ……まずい!

 

―――風の加護を受けし精霊よ、汝の力を我に指し示せ、"ウインドブレイカーッ!!!!!"

 

空気が薄くなった炎を竜巻の中心で私は風の中級魔法を唱え、何とかフレイムストームを相殺させる。

火柱は風の弾丸により数多くの穴を作り出され……段々とその威力を弱めていった。

……だが、まるでそれを待っていたかのように援護役の江夏君がこちらに向けて杖を構えていた。

これは……まさか……!?

 

―――"ファイヤーボールッ!!"

 

詠唱破棄の初級魔法、破壊力を捨てて実用性を取った実に理にかなった連続技だった。

三つもの火球はフレイムストームを相殺したばかりの私に向かって急速に放たれる。

―――魔法が間に合わない、私はそう判断して肩にかけてあったストールを急いで前面へ広げるように展開する。

 

「―――術式解凍、"エナジーシールドッ!!!"

 

刹那、三つのファイヤーボールと私が投げつけたストールは爆発したように相殺された。

流石にこの展開は予想してなかったのか彼らの表情から余裕が消える。

私は詠唱破棄の魔法がまだ出来ない、でも出来ないからといって対策をしていないわけではない。

私がいつも肩にかけているストール、お姉ちゃんが誕生日にプレゼントしてくれた魔道具。

このストールは私が魔力を通すだけで簡易発動し一瞬の盾となる。

初級魔法程度ならば完璧に相殺出来る防御陣だった。

呆気に取られている彼らはしかしすぐに戦闘態勢に戻り、魔力を高める。

だけど―――遅いです!!!

 

―――与えよ煉獄なる炎、与えよ灼熱なる炎、狂いし地獄の業火を持って敵を殲滅せよ、"メギドッ!!!"

 

私は残っている魔力の大半を使い、一気に勝負に出る。

相手は三人、ならば―――上級魔法を持って一度に戦闘不能に追い込めば―――!!

 

「まず―――上級魔法!? 美坂ってそんな高度な魔法を!?」

「くそっ、吉……ディフェンス任せたぞ!!」

「マジかよ――無茶いう――うわっ! ―――"ウォーターウォールッ!!!"

 

水の壁が彼の前に立ちふさがり、行く手を遮る。

……だけど、上級魔法の前にそんな壁―――紙切れみたいなものです。

そして、地獄の業火は水の壁を一瞬の内に蒸発させて―――志智君達を吹き飛ばした。

轟音が響き渡り辺り一面が炎の海と化す、三人は……どうやら気を失って倒れているようだ。

……あれ?もしかして私……勝ちました?

 

「あ、はは……やったです……」

 

倒れている三人を見て、私は笑いながら膝を地面へと落とす。

流石に魔法連続使用は体に来たようで……もう一歩も歩けない。

中級魔法に上級魔法、それに力の限りに展開してしまったエナジーシールド……いくら魔法容量が多くても扱う術者が貧弱ではこんなものだ。

これが恐らく川澄舞ならば……汗一つかかずに成し遂げるのだろう。

そう考えると、栞は苦笑するしかなかった。

 

「えぅ……疲れ…た……」

 

そうして、栞は静かに目を瞑った。

どうやら体力の限界だったようだ……そのまま気絶するように前のめりに地面へと倒れ込んだ。

そして―――それを見ていた一人の生徒が悠々とその場に現れる。

少し青がかった髪色をしている少年は倒れている四人を見下ろすと軽く笑う。

何とも幸運、勝手に戦い合って勝手に潰し合ってくれた。

 

「あっはっはっは、これで俺も序列生徒か……こんな簡単でいいのかね?」

 

彼は試験落ちの生徒だった、つまり五つのボールを手にしないと序列生徒にはなれなかった少年だ。

だが、魔力のぶつかり合いを感じ……物陰から今の戦いを静観していた彼はある意味知力戦で勝った勝者だった。

 

「悪いな、美坂……よく頑張ってたけどさ、世の中こんなもんだっての!」

 

そう言いながら少年は栞へと近づく、しかし栞はそれに気づくことはなく気絶したままだった。

そんな栞を見て、よせばいいのに少年は倒れている栞の頭を軽く叩き一言投げかける。

 

「結局は魔力容量だけでやってきたツケが回ってきたな、自業自得だぜ?」

 

少年はそう言って栞が持っていたボールを掴んだ。

これで後はそこら辺に転がっている少年達からボールを奪えば一気に五つ、完璧な作戦だった。

この時点で、少年は勝者になる―――そして次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

「あら? こんな所にいい獲物がいたのね……まったくもって気づかなかったわ」

 

 

 

 

 

 

広場に響いてきた声に驚き、少年は折角手にしたボールを落としてしまった。

視線の先に居たのは、おかしな事に―――自分とはまったく関係のない一年上の魔法使い、"美坂香里"だった。

 

 

 

 

【美坂香里】

 

「あら? こんな所にいい獲物がいたのね……まったくもって気づかなかったわ」

 

私はそう白地らしく呟きながら栞が寝ている広場へと足を踏み入れる。

目線の先には困惑した表情の青髪の一年生が一人―――愚かにも逃げずにこちらを見つめている。

何で私がここに来たか、まるでわかっていないようだ……何ておめでたい。

 

「あなたは……確か2年生の美坂香里さんですよね?」

「そうよ、それがどうかした?」

「ならばあなたは敵じゃない、俺は1年生です」

「ふ〜ん、ねぇ……一つ聞きたいんだけどいいかしら?」

「………はい?」

「それがどうしたのよ?」

 

は?っといった感じの少年を無視して私は手に持った杖を少年に向かってあろう事か"投げつける"

そんな私の行動に戸惑った少年は驚いたように意味もなく驚愕の悲鳴を上げて軽く後退する。

そして私が投げた杖をかわすように身を屈めると―――その瞬間に迫っていた私の姿を確認して停止する。

こんなやつに魔法を使う必要もない、こんなやつ……これで十分―――っ!!!

私はそんな意志を込めて、しゃがんだ少年の顔に向かい……先日習ったばかりの跳び膝蹴りを鼻頭に向けて喰らわせてやった。

ゴッ……という鈍い音がして、少年は後ろに倒れ込む。

その際に放物線を描くような見事な鼻血が少年の鼻から流れ出ていた。

 

「悪いけどね……栞に対しての悪口は私に対しての悪口なの、よく覚えておきなさい」

「………………」

 

私の一言に、しかし少年は頷くことなく、あっさりと昏倒してしまった。

―――張り合いのない、いくら下級生だからといってもう少しぐらい善戦して欲しいものだ。

そんな勝手な事を思いながら私はポケットに仕舞ってあるボールを取り出して確認する。

 

「一つ、二つ、三つ……っと、なくなってないわね」

 

私の手元には、綺麗な色をした青色のボールが三つ確かに存在していた。

本当はこのボールを持って担当官の待つ場所へ向かおうとしていたのだが、懐かしい魔力の波動を感じてこちらに向かったのだった。

そして、香里は栞のすぐそばにあったストールを見て苦笑を浮かべる。

懐かしいわけだ、何せあのストールは自分が栞にプレゼントしたモノだ。

 

「でも、よく頑張ったわね……栞」

 

未だ目覚めぬ妹の頭を軽く撫でて香里は笑った。

栞は本当に強くなっている、同級生を三人相手をして勝っている―――これは冷静に考えてとても凄い事だった。

栞は確かに1Sもの魔力容量を持ってはいるが、普通の女の子。

争いが嫌いで、本当は魔法使いにすらなりたくなかったであろう妹の、しかし今回の頑張りを目の当たりにして香里は嬉しくなる。

出来るならば魔法使いに何てならなくて、自由な生活を送って欲しいが……今はまだ無理だ。

それが出来るのは、速くカノン学園を卒業し……自分が美坂家当主になった時だ。

そう―――それが香里が美坂家当主になる一番の目的だった。

そして……自分が魔法を覚える理由も、こうしてボロボロになってまで戦い抜いた栞の為だった。

 

「…………さてと、私は先に行ってるわね」

 

だが、これ以上の手助けはしない。

というより栞自身が望んでいないだろう、ここまで戦い抜いたのに―――最後の最後で私が出て行ったら台無しだ。

出来れば起きるまで一緒に居たいが……そうも言ってられない。

遠回りしてしまった為に、自分の序列が与えられない場合がある。

そんなことは絶対に避けなければいけない、だから……香里は立ち上がった。

 

「―――それじゃあ栞、頑張って"自分で"立ち上がりなさい」

 

そう呟いて、香里は一人……広場を後にした。

 

 

 

 

―――そうして、序列試験は終わりを迎えた。

 

 

 

 

End

 

 

 

 

 

 

あとがき

……え?不完全燃焼ですって?

落ち着いてください、この次にちゃんと「カノン学園序列試験(後日談)」を予定してますので^^

今回は戦闘オンリーの酷く片寄ったお話しですが……あれ?そういえば魔法なんて久しぶりじゃないですか?(ぇぇ

まあ何はともあれ毎日更新第四弾、瀕死の更新!

久しぶりになげぇ〜、明日休んでもいいっすか?(ぉ

自分結構頑張ったと思うんですけど……どうでしょう?

まあ、明日は明日の風が吹くって事で……次回毎日更新第五弾……あるかないかお楽しみに!

最後に一言、「香里さん……あんた漢だよ」

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