「―――あっ、あの馬鹿……また負けたの?」

 

相沢祐一が地面へと伏した同時刻、宿屋にいた秋桜麻衣子はそう呟いた。

……あの馬鹿がこんなに早く負けたって事は、襲撃者は中々の手練れと思った方がいい。

守りながらの戦いで難なくあしらえるレベルじゃないかもしれない、こっちも本気にならないと。

麻衣子は先に部屋に入った依頼者がいるドアを見つめながらため息をつく。

 

「仕方ないわね、一応……"あいつ"の準備もしておくかな」

 

そうして、麻衣子は持ってきていた旅行鞄の中から鉄の棒らしきものを取り出す。

……それは使い古されたようなメイスだった、そして……秋桜麻衣子が得意とする獲物。

死線を潜り抜けてきた心強い武器、"性格は悪いが"性能としてはピカイチを誇る。

 

「さぁて、長い夜になりそうね―――相棒」

 

麻衣子は口に笑みを浮かべながら依頼人の部屋の前に立った。

さて、相手は正面から来るか……裏をかくか。

まだ見えぬ襲撃者の姿に、麻衣子はひたすら待つことを選択した。

 

 

 

 

ロードナイツ

 

〜傍観者の旅路〜

「襲撃者にご用心」

 

 

 

 

「目標断定補足、潜伏先と思われる宿屋に到着しました……これより攻撃を開始します」

 

深夜、寝静まった街に人影が一つ……宿屋の前に立っていた。

人影は手にした刀を手の平で一撫ですると、一つ……大きく息を吸った。

そして……肺に十分な酸素を補給すると―――人影は息を止め、静かに足音を立てずに走り始めた。

これは"消歩"と呼ばれる歩法で、気配を悟らせずに標的に近づくことが出来る高度な暗殺術の一つである。

呼吸を止め、足音を消し、気配を絶つ、相応の訓練と熟練した身体機能が備わっている場合のみ習得可能な歩法だった。

人影は宿屋の入り口を通り抜け、標的が潜伏している二階へと上がる階段を音も無く滑るように奔る。

飛行魔法を使っているわけでもなく、身体能力のみで動く人影を、しかし普通の人間では目視で確認する事も難しいだろう。

 

「…………………」

 

人影は息を止めたまま二階へと上がり目標がいる部屋に向かう。

阻む者も無く、気づく者もいない……先ほどの彼も襲撃者に対応出来ずに散っていった。

暗殺とはそういうもの、普通の人間が気づけるはずもなく……気づいた時にはもう手遅れだ。

……そして、人影はついに目標がいる部屋を目視で確認した。

後は部屋に侵入をして寝ている目標を切り捨てる、護衛が居ようが気づかれなければ居ないも同じ。

人影は刀を持つ右腕に力を込め、目標がいる部屋のドアを開けようと左腕を伸ばす。

 

 

 

 

―――そして、横合いから振り下ろされた銀の閃光に気づき一気に扉から身を離した。

 

 

 

 

まるで落雷が間近で落ちたような爆音が轟き、砕かれた木片が宙に舞った。

 

「へぇ、中々やるじゃないの……」

 

木造作りの宿屋の床を軽々と砕きながらも、突然現れた少女は笑いながらこちらを見据える。

―――それは、まるで、燃えさかるような美しい紅い髪の少女だった。

……しかし、そんな事よりも今のを気づかれた事が問題だ、そう―――"消歩"を使っている状態にも関わらず気づかれた。

流石にこれには驚いた、相手は"普通の人間"では決してないようだ。

だが、このような障害を予期していなかったわけではない。

人影はそう思い直すと刀を無言で構え、宿屋に入る前に止めていた息を軽く吐いた。

 

「………障害確認、十秒で仕留めます」

 

そう呟くように宣言をして、人影はもう一度軽く息を吸うと吐き出す前に床を蹴った。

それに合わせるように紅髪の少女も突き刺さった銀のメイスらしきものを引き抜くとそのままこちらへと駆けてくる。

先ほどの少女の一撃は、恐らく他の客にも気づかれただろう……だがここで止まるわけにはいかない。

ならば―――少女を一撃の下に切り伏せて一気に標的を駆逐して脱出……それが第一目的。

そして……人影はまた、少女を"普通の護衛"として扱ってしまった。

 

「――――――」

 

呼吸もなく、音もない刀の一刀は空気を切り裂きまるで不可視の斬撃のように少女を襲う。

しかし、少女はその斬撃をまるで予測していたかのようにメイスで軽く薙ぎ払うように合わせる。

一瞬の交差に、火花が飛び散り両者は一旦一歩ほど退くと、しかしそのままもう二歩ほど前へと駆け出す。

そして―――両者は行き違い背中同士を向けるようにして、だがその場で反転した。

従って……距離は零、刀は少女の胸部を狙い、メイスは人影の顔面へと向けられる。

 

「――――シッ!」

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

だが、両者とも、次の瞬間距離を三歩ほど開いて対峙していた。

何て事はない、正々堂々と傷つく事すら構わずメイスを振り回した少女と……傷つく事を恐れて直前で身を離した人影の行動結果がこれだった。

そして……人影の額からは、少量の血液が流れ出て宿屋の床を濡らした。

完璧に避けきったと思った一撃は、しかしカスっていたらしい。

対して少女は無傷、面白くなさそうに振る回したままの状態で人影の方を睨んでいた。

 

「十秒で仕留めるって言った割には臆病ね」

 

そう挑発するように少女は呟き、そしてメイスを人影に向けて突き出しながら続けて言う。

 

「悪いけどさ、確かにあんたの一撃はわかりづらい、だけどね……よっぽどの奇襲じゃない限り防げない一撃じゃないわね」

 

つまりは軽い、暗殺に特化したための技術であるが故に、軽い。

不意を突き、油断を突き、そして満身を逆手に取る暗殺術は確かに脅威だ。

だが……今の少女、秋桜麻衣子には何れも存在しなかった。

そんな麻衣子の姿を見て、人影はしかし無表情にその姿を眺めている。

 

「…………障害は未だ健在、目標は処理できず、無念ですが時間切れです」

 

人影はそう呟くと静かに月明かりに照らされた宿屋の廊下から溶けるように撤退した。

まるで消えるように後退する襲撃者は、消え去る間際……一つだけ呟いた。

その言葉を聞き、麻衣子は眉を顰めたが、そんな麻衣子の行動に答える間もなく襲撃者は完全に姿を消した。

麻衣子もそれを確認して、追いかけるような行動はせずに見送った。

……そして、まるでタイミングを見計らったように階下からざわめきが聞こえてくる。

 

「………ふぅ、さっきのか」

 

どうやら麻衣子が床を砕いた音に目を覚ました宿屋の主人のようだ。

……麻衣子はため息を一つつくと、消えた襲撃者の事を考えながら、宿屋の主人に言い訳するために階段を下り始めた。

 

 

 

 

「………目標を護衛している人物の詳細を希望」

 

宿屋からかなり距離が離れた住宅街のとある路地裏で、人影は怪我をした額の手当をしながらそう問うた。

すると人影の周囲に一瞬蜃気楼のような歪みが発生したかと思うと、一人の老人が音も無く現れた。

その老人は姿を闇にとけ込ませている人影に向かい、無表情に答える。

 

『護衛者は秋桜麻衣子、Cランクのハンターだ……通り名はメイスの麻衣子―――近接戦闘に秀でたパワーファイターのようだな』

 

老人はそう言うと、座り込んでいる人影に向かい少々呆れたように眉を顰めた。

 

『しかし、お前がこうも相手のペースに嵌ってしまうとはな……かなりの手練れのようだ』

「………はい、戦い方は一見無謀のように見えてその実高度な計算がなされているようです」

『そうか、だがお前に……いや、我々に敗北は許されない……わかっているな』

「承知、次は必ず仕留めます……灼刃の名に置いて―――英霊の御霊に報いるその日まで我らに敗北はない」

『その通りだ、頼んだぞ……"朱葉"』

 

そして、それだけ言うと老人は現れた時と同じように音も無く姿を消す。

朱葉と呼ばれた彼女はそれを気にせず、右手に持った自分の獲物を食い入るように見つめている。

 

「………あの少女、絶対に今度は仕留める」

 

朱葉はそう自らの刀に誓いを立て、明るくなり始めた夜空を見上げた。

 

 

 

 

麻衣子達が襲撃に遭った翌朝、エヴァン・マリィ・アレイスは宿の朝食を食べながら呆れたように護衛者の話を聞いていた。

 

「……で、つまりは何だね? 深夜襲撃者が襲ってきて撃退したはいいが逃がしたと?」

 

そう言いながらアレイス卿はテーブルに並べられた料理を一口ずつ口にしては眉を顰めて次の料理へと移る。

……どうやらアレイス卿は極度に好き嫌いが激しいらしい。

流石は王宮錬金術師、普段はいい食事ばかり食べているせいで味覚が肥えているのだろう。

一方そんな事はお構いなしに私は出された食事を全て食べきり手持ちぶさたでアレイス卿の食事風景を眺めていた。

 

「―――えぇ、まあ……追いかけてもよかったんですけど私は護衛ですから」

 

昨晩の襲撃者は確かに優秀だった、だけど倒せない……という事はなかったと思う。

何か相手に隠し球があれば別だが、しかしそれはこちらも同じ事。

相手が本気でこちらを全力で潰しに来たとき、私も全力全開でいくだけの事だ。

アレイス卿はそんな私の表情を見ながら軽く頷く。

 

「ふむ、傍観者ではなく観測者という事か……まあ私が頼んだ任務だ、私の護衛はキチンとしてもらう事に意義はない」

 

……またよくわからない表現を、傍観者とか観測者とか意味がわからない。

私は護衛でそれだけ、難しい話は知らない。

だが相手は依頼人、一応お金をくれるお人なので表面上だけは愛想を良くしておかなくてはいけない。

そう思い私はため息を一つつくと軽く笑顔を作り依頼人に向ける。

 

「はい、わかっています」

「それで? "もう一人"が帰ってこない事には何か理由があるのかい?」

 

瞬間、ズルッという効果音が聞こえたように貼り付けていた笑顔が崩れた。

……そんなの決まっている、どうせあいつの事だ、また何処かでヘマをしたに違いない。

だけど―――そんな情報を依頼人に話していいものなのかと迷う。

あいつの正体を知らない人間に本当の事を話せば驚くだろう。

まさか言える筈がない……今はあいつは……、

 

「何だ、死んだのか……意外に早かったな」

 

何て事は………………って、え?

 

「ん? 何をそんなに驚いた顔をしている?」

「あ……いえ、えっと―――知ってます?」

「今の質問には大事な部分が抜けている為に判断しづらいが、おおよその予想はついた……一応知っていると言っておこう」

 

………知っているのか、この人は。

まさかそれを知っていて依頼してきたのだろうか……錬金術師、魔法使いでもない彼ら……むしろ彼女らがあの馬鹿に興味を持つとは思えないけど。

まあそんな事はどうでもいい、依頼人があの馬鹿の性質について知っているなら話が早い。

 

「それならば話は早いです、あの馬鹿の心配は無用です、いつもの事ですから」

「ほう、なるほど……先兵ということか」

 

そんなに便利なものじゃないけど、まあ似たようなものだ。

だったらこっちはやるべきことをやればいい、私は依頼人を警護する。

"どちらが"早いかはわからないが……まあそんなことを気にしてもしょうがないか。

それにしても今回の護衛、いきなり厄介な事になってきた事だけは確かだ。

……まだ護衛は始まったばかりだというのに、最早トラブル発生。

まあ……いつもの事かっと麻衣子は深く呆れたようなため息をついた。

 

 

 

 

「……灼刃の一族、罪深き暗殺者の狎れの果て」

 

とある酒場で一人酒を飲んでいた男は誰にいうわけでもなくただそう呟いた。

その男は一風変わった純白のマントで身を包んでおり顔には何の冗談か銀色のお面を被っていた。

そんな風貌の男に酒場にいた他の客は気味悪がって男の周囲の席から次々に離れた席に移っていた。

しかし、男はそんな事には興味ないのか終始出された酒にも殆ど手をつけていない状態が続いている。

 

「なるほど、没落した一族の復興を目論む起死回生の一手……それが今回の騒動の一つ」

 

男は手にした紙を何度も読み返しながら頷く。

なるほど……これは確かに厄介な情報だった。

男が手にしている紙には以下の事柄が記されていた。

 

灼刃の一族を抹殺せよ。

手段は問わず、場所は問わず。

一族の家宝、静寂の朱と呼ばれる武器は回収せよ。

一族の残り人数は5人、全て何かしらの戦闘分野が秀でている。

彼らは現在知られているだけで有名な錬金術師を12人ほど殺害している。

 

これが紙に記された内容。

圧倒的な情報不足……だと思われる紙にしかし男は難しそうに口を閉じて考え始める。

相手の能力は不明、始末する人数は5人、静寂の朱は回収。

―――男にはそれだけで十分すぎる情報だった。

要は彼らは罪人、ならば自分が自ら始末するだけの理由には事足りる。

 

「罪人……灼刃の一族、彼らは危険だ」

 

ならば……自らが動かなければならない。

何故ならば―――この身は罪人を裁くために存在しているのだから。

 

「裁こう、世界の為に―――そして来るべき審判の日に備えて」

 

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

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