「……神崎さんは上手く逃げ出せたんでしょうか」

 

私は窓の外を静かに眺めながらそう呟いた。

先程から彼女の気配を感じられない、足止めは十分果たしてくれたのでもう逃げていてくれるといいけど。

……責任感の強い女性ですからね、もしかしたらまだ……。

 

「……様子、見に行った方がいいですかね」

「その必要はありませんよ、次元使い殿」

 

……私は声がした方向へと顔をゆっくりと向ける。

そこに立っていたのは一人の少年、まるで輝く剣のように特徴的な銀髪が印象的だった。

―――この気配、魔物ですね。

城に侵入した魔物は彼の事でしたか、"今の私"にはそれすらもわからないですが。

 

「その必要がないとはどういう事ですか?」

「ご想像にお任せしますよ、もっとも聡明なあなたなら僕がここにいる時点で大体の予想はついてるでしょうがね」

「……そうですか」

 

つまり神崎さんは……失敗ですか。

気配を感じなくなったのはやはり偶然ではなく……必然という事だったんですね。

……せめて生存の確認だけは取りたいですが、今は不可能のようですね。

 

「それで、あなたの目的は何ですか? 私を殺す事でしょうか?」

 

私がそういうと何を思ったか少年は薄く笑いながらゆっくりとお辞儀をする。

まるでその姿は貴族のようであり、高貴の雰囲気を醸し出していた。

……しかし何の真似でしょうか、私に対し頭を下げるというのは。

私の当然の困惑に少年は顔を上げ、静かに口を開いた。

 

「次元使い殿、我々はあなたとの戦闘は望みません……我々がしたいのは交渉です」

 

 

 

 

ロードナイツ

 

第二十六話

「交渉と妥協」

 

 

 

 

「交渉……ですか」

 

目の前に立つ女性、水瀬秋子は慎重深くそう呟いた。

……警戒されるのは当然ですね、何せ僕はカノンを攻め込んだ張本人。

そんな人物から交渉を持ちかけられるなんて思いもしなかった事でしょうし。

しかし、これがあの次元使い……人は見掛けでは判断しにくいようですね。

二つ名持ちというからにはどんな人物かと思いましたが……意外に想像外でしたよ。

だけど、その隠しきれていない微量の魔力には流石の僕も冷や汗ものです。

まるで絡みつく蛇の如く、僕の周囲を取り囲んでいるようです。

伊達に王宮魔術師は名乗っていないという事ですね、少しでも不審な動きを見せたら……狩る気満々でしょう。

出来れば一戦交えたい気もしますがここは我慢、今回の作戦の一番重要な事を自ら壊す事は出来ない。

 

「そうです、我々は交渉したいのです……あなたと」

「……私がそれに答えるとでも?」

「もちろんタダとはいいません、対価は同等の物を用意しますよ」

 

……これで交渉に持ち込めれば御の字なのですが、さてさて……どうなる事ですかね。

僕は一応警戒程度に体内の魔力炉に眠る魔力をバレないように高めていく。

交渉決裂になった瞬間の相手の奇襲を避けるためだ。

いくら次元使いといえど僕を殺す事は至難の業でしょうが万が一という事もあります。

 

「対価……そうですね、まずは条件を聞きましょうか」

「懸命なご判断です、流石は次元使い殿」

 

どうやら交渉には持ち込めるようだ。

―――ある意味想定内でしたが順調といえば順調なすべりだしです。

問題はここから、条件を聞くだけという場合もありますしね。

聞いた瞬間に攻撃される場合がありますから、一応用心しておきましょう。

 

「……先に言っておきますがそれ以上魔力を上昇させたら攻撃の意志ありととらえます」

「…………これはこれは、すみません」

 

―――ふふ、まさかバレるとは思いませんでしたよ。

僕の体内の金庫ともいえるべき魔力炉は普通の魔法使いとは違い外に漏れ出さずに開放できる。

つまり、魔力の高まりは一目でわかるはずがないのですがね。

……どうやって魔力を感知したのか興味があります。

流石は次元使い、裏がまだまだありそうですね……興味深い。

 

「それでは交渉に入ります、まずこちらの条件から……単刀直入にいうとあなた達の力をお借りしたい」

「私達の力……? どういう事ですか?」

「―――カノンの魔力結界、あれ"どうやって"発動させているんですか?」

「…………そうですか、あの結界を解除したのはあなたでしたか」

 

僕の言葉を聞いた瞬間、水瀬秋子の体から隠しきれないほどの魔力が暴れているようだ。

……感情は出来るだけ押し殺しているようですが、魔力までは制御出来ていないみたいですね。

ここまで動揺するなんて……やはり"使って"るんですかね?

魔力結界を解除した際に確信しましたが、噂は本当だったみたいですね。

あれほど巨大な結界、普通の方法では長時間維持など出来ないはずなのにカノンの結界は常時張られている。

その力の源、根元を"とある一人の少女"が賄っているという噂……まさか本当なのでしょうかね。

 

「―――"片翼の天使"」

「………………」

「当たりって所ですかね? 次元使い殿?」

 

……事実のようですね、こんな馬鹿げた事が実際にあったなんて。

人間風情が"幻想種"である彼女を仲間に引き入れているとは……つくづく規定外な国だ。

二つ名持ち確定とまで言われた水瀬秋子、最高傑作である川澄舞、そして……片翼の天使。

―――この国の存在は危険すぎます、魔族にとっても。

 

「つまり我々は望んでいるわけです、あなたと……彼女の力を」

「……あの子は大事な子、魔族に渡す事など……」

「彼女も魔族みたいなものでしょう? 同族が一緒にいて何が悪いんですか?」

「―――あの子は人間です、魔族ではありません」

 

意志は強いみたいですね、まあ想像はしていましたが。

しかしこちらも引くわけには行きません。

 

「その代わりこちらも対価を差し上げます、まず第一に軍を退きましょう」

「攻め込んできたあなた方が一方的に攻めて込んできてまた一方的に退くと?」

「数年かけて計画した作戦ですよ? 対価としては十分上げられます……そして第二に、この戦争をなかったものにします」

 

―――僕の言葉を聞き、水瀬秋子は驚愕に顔を染めた。

まあ誰しも驚くような事でしょうからね、そんな事を言われれば。

 

「………どういうことですか?」

「流石に破損した町や城は直せませんが……死傷した兵を治す事は出来ます」

「―――っ!? まさか……死者蘇生」

「そう、最上級の禁術である死者を生前のまま生き返らせる奇跡ですよ」

 

輪廻転生、万物が避けられぬ死を迎えた瞬間に訪れる生命の輪。

不死者ですら生まれた瞬間からその輪の一つに数えられるほどの強制的なシステム。

モノは死に、そしてまたモノは転生する。

そんな神が作り出した法則を無理矢理改変するのが大禁術……死者蘇生の法だ。

輪廻転生の輪から一時的に外し、その上で肉体の時間を巻き戻し世界に存在させる。

外世界に働きかける力と時間跳躍を掛け合わせた魔法という名の奇跡。

いくら二つ名持ちといえどもこの魔法を扱えるものなどいるはずがない。

……魔族ですらこの力は神秘の力として上げられるほどの実質不可能とされる現象。

それが死者蘇生、モノを復活させる絶対的な魔法だ。

 

「……輪廻の輪を壊す禁術をあなたは使うというのですか」

「そうですよ、僕は完璧な死者蘇生を扱える可能性があります」

 

僕は薄く笑いながらゆっくりと諭すように話しかける。

……次元使いを口説き落とすにはまだ少々対価が足りないですかね?

しかし、これ以上譲歩するわけにはいかない。

僕達にとってもこの交渉は一種の賭けみたいなものだ。

 

「……可能性の話でしょう?」

「問題ありませんよ、それにその為に今現在……とある少女達を集めています」

「とある……少女?」

 

水瀬秋子は怪訝そうに呟く、流石に簡単には気づきませんか。

仕方ありませんね……では少々冒険してみましょうか。

……逆上されていきなり攻撃される可能性も考慮しておきましょう。

 

「死者蘇生の為の……"人柱"ですよ」

「人柱……っ!? ま、まさか……」

「そうです、あなたもご存知の通り……美坂栞、倉田佐祐理、そして川澄舞の三人ですよ」

 

そう、それこそが"僕"の最大の目的ともいえる。

組織としては"水瀬秋子"と可能ならば"片翼の天使"の捕獲が最優先だった。

だけど僕としては本当はそんな事はどうでもよかった。

僕が今回の作戦に参加した理由は……この素晴らしき実験の為だ。

 

「それにあなたも"人柱"の一人ですよ、次元使い殿」

「……知っているんですね?」

「まあ情報収集は少々得意でしてね、調べさせてもらいました」

 

三人の人柱、彼女らは僕の研究材料に相応しい可能性を秘めている。

―――彼女達は僕と同じだ、そのあり方には共感できる。

 

「どうやらあなたは……本気で……」

「そうですよ、つまり僕は完璧な死者蘇生を出来る"可能性"があるという事です」

 

さて、これで大抵は話したでしょうかね?

後は水瀬秋子がどういう交渉をしてくるかによりますね。

……ここからは僕と次元使いの交渉勝負という事になるんでしょうかね。

 

「……少し、考えさせてください」

「いくらでも……、ですが急いだほうがいいですよ? 無用な死者が出ぬうちに……」

 

そして、……無用な損害を被る前に……ね。

さて、あちらは上手くやってくれているといいんですがね……作戦通りに。

次元使いをいつまでも僕一人で惹きつける事が出来るとは思いません。

―――ふふ、まぁ……あちらが失敗する場合も考えておかなきゃいけませんけどね。

 

 

 

 

「……たくっ、なんでおれっちがこんな詰まらん役割を……」

 

暗い地下へと続く階段を下りながら牙紗は呟いた。

城の中にしては派手な装飾がなく飾り気のない階段だった。

……それもそのはず、この階段は本来使う事がない階段なのだ。

名目上は"王の脱出用"に作られた脱出口……もしもという時に王を逃がすための階段だ。

―――しかし、それはただの隠れ蓑でしかない"理由"だった。

 

「……ぼやくな、作戦の終了が第一目的だ」

「わかってるけどよ……、出来る事なら水瀬秋子と一戦交えたかったぜ」

 

牙紗は悔しそうに奥歯を噛み締める、その姿を見て鬼仙は小さくため息をついた。

―――川澄舞も倒せなかった餓鬼に水瀬秋子が倒せるか。

鬼仙はそう思いながらも口には出さず黙々と階段を下りる。

牙紗という吸血鬼は人一倍プライドが高い、あまり挑発するような事を言うと大変な事になる。

……まったく、何故一時的とはいえ仲間になったやつにまで注意を払わなくてはいけないんだ。

 

「しっかしなげぇ階段だな、何処まで続いてるんだ?」

「……もう少しだろう、この国の基盤ともいえる場所だ……そう簡単には着かんさ」

 

しかし、この場所に着くまでに何年かかった事か……。

ゲヘナゲートの開放、戦力の調達……そして障壁の破壊。

現在までの作戦はこの上なく順調だがいくつかの不確定要素は否めない。

第一に川澄舞の実力の誤差、この牙紗は単体の戦闘力では我々の中でも群を抜いている。

本気になった牙紗には流石に力を比べようがない。

不死者にはそれ相応の装備がないと勝てないからな、まったく……厄介なやつだ。

そしてそんな牙紗を圧倒的な力で滅ぼした川澄舞。

流石は最高傑作と呼ばれるだけはある、……魔族以上の化け物という事か。

第二にそれに伴う人柱候補の捕獲までの時間が大幅に遅れたという事。

基本的に牙紗が人柱候補を捕獲する任を負っていたのだが……このザマだ。

返り討ちによって予定が少々狂ってしまった。

そして第三に……思った以上にカノンの抵抗が激しい。

いくら"無限の魔物集団"といえどもやはり質は劣ってしまう。

数さえ揃えば押し切れると思ったが……この国の戦力は想像以上だったようだな。

 

「……おっ? あれじゃねぇか?」

「…………そうだな、多分あれだろう」

 

長い、長い階段もようやく終わりが見えてきた。

終点にあるのは王が脱出するための通路、または出口ではない。

……其処にあるのは数多くの対魔、対物理衝撃を考慮した固く閉ざされている扉。

一目見ただけでもその扉の厳重性がわかる。

どうやら当たりのようだな……"片翼の天使"。

 

 

―――カノンの魔法障壁の一端を担う程の人物、興味深い。

 

 

to be continue……

 

 

 

 

 

 

あとがき

第二十六話いかがでしたでしょうか?

交渉と妥協、自分ながら中々いい題名かと(ぇ

交渉に妥協はつきもの、そして交渉とは大抵互いに不利な面が出来るもの。

そして人柱、3人の共通点……そして死者蘇生の魔法。

段々とパズルのピースは揃ってきました。

どうして彼女達だけが人柱に選ばれたのか、多分結構ネックになってくると思いますよ?(ぉ

……やっと謎解きらしくなってきたかな?

あっ、そういえば久しぶりに戦闘なかったOTZ

 

 

 

 

―――第二十五話★用語辞典―――

 

製作中

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