「………しかしこれどんな魔法を使ったんだ?」
俺はそう呟きながらこんがりと炭になった木片をつまむ。
………一体相沢祐一はどうやってあの魔法の中逃げ出せたんだ?
「なぁ、川口はわかるか?」
「僕? わかってたらこんなに苦労はしないよ」
「そうだよな……、う〜ん」
「それじゃあ、瞬間移動魔法を使ったとかは?」
瞬間移動魔法か、確かにそれなら上級魔法も抜けられるんだろうけど。
でもあんな短い時間でそんな高度な魔法が発現出来るんだろうか?
「魔法行使の跡も見えなかったし、そんな大魔法をあいつが詠唱破棄で使えたとは思えないけどな」
それは相沢祐一に限らず俺達カノンの生徒の中でも使えるものは誰もいないだろう。
瞬間移動魔法とは上級魔法の中でも高位に位置する伝説の魔法だ。
あの川澄舞さえも詠唱破棄で瞬間移動魔法を唱える事は出来るとは思えない。
「それは同感だね、そんな事出来る存在がいたとしたら二つ名持ちぐらいだ」
「だよなぁ、"傍観者"がそんな魔法を使えるなんて聞いてないし……」
傍観者、その名前を初めて聞いたのはカノン学園内一番の情報屋「雪狼」からであった。
―――曰く、「雪の街に来たる傍観者あり」だそうだ。
興味を持ち詳しく聞きだすとそれはある戦争で有名になった1人の英雄の名前だと言う。
リヴァーレ戦争、故アスラン王国とアヴァター王国の間で起きた数年前の大戦だ。
既に8年ほど前の出来事なので詳しい事は俺にはわからないがとても大きな戦争だったらしい。
その戦争で目立った活躍を遂げたと言われる相沢祐一……、でも本当にそこまでの実力者なのだろうか?
それに8年前といえば相沢祐一は10かそこらの少年だったはず。
そんな子供が戦争などと言う場で活躍できたとは思えない、しかし、情報屋は間違えないという。
相沢祐一、魔法使いの中でも禁忌を犯したとされる存在。
その禁忌とやらが何かはわからないが、それは魔法使いにとって夢と呼ばれるほどに尊くそして同時に最大の侮辱だという。
何のことやらといった感じだったが情報屋もそこまではわからなかったらしく詳しい情報はない。
でもさっきの戦いだけを見てもそんなことをまったく感じさせなかった。
演技が上手いのか、それともあれが本当の実力なのか……。
「―――何者なんだろうな、あいつ」
「さあね、分かることはただの学生じゃないってだけさ」
「魔法合戦」
「し、死ぬ……」
スノーシロップという極悪なデザートを食べ終え俺は机に突っ伏した。
腹が寒い、口の中が寒い、頭が痛い、体全体が痛い。
そんな俺を見ながら流石に悪いと思ったのか栞は苦笑しながら暖かいお茶を持ってきてくれた。
渡されたお茶をちびちびと飲みながらその後、俺は栞と他愛もない話で盛り上がる。
「そっか、栞は中級魔法までは難なく使えるのか」
「はい、氷系と炎系だけですけど詠唱を間違えなければもう楽勝です」
「楽勝ですか」
「楽勝です、たまに詠唱途中に言葉の続きを忘れて魔力が暴走しちゃいますけど」
「……それは楽勝なのか?」
「えー、だって学生って1年生の時点で20個ぐらいの魔法を覚えるんですよ? たまにごっちゃになります」
「あー、それはあるかもな」
そうだよな、学生はそれだけ多くの魔法詠唱を覚えるんだ。
いくら魔法使いのタマゴといえどもその作業は簡単なものじゃないんだろう……。
まあ俺は全ての魔法が自己詠唱だからまったく関係ないけど。
……あ、でも学生になったらもしかしたら俺も覚えなくちゃいけないのか?
「さてと、そろそろお腹も落ち着いた事ですし運動しましょう!」
「え、俺はまだ微妙にお腹重たいけど……一体何するんだ?」
「魔法使いの運動といえば一つだけです、魔法合戦しましょう」
「魔法合戦?」
「あれ? 知りませんか?」
「聞いた事ないな、いや、多分言葉通りなんだろうけど」
「そうです、魔法合戦は自らが持てる魔法技術を最大限に生かして競い合うカノン学園の名物行事なんです!」
ふーん、中々面白そうな名物だな。
しかし魔法使いとは自らの技術は普通隠蔽するものなんだけどな。
………決して新しい魔法を習得したからといって軽々しく他人に伝えてはいけない。
魔法使いが自らの技量を他人にさらしては自己防衛が難しくなる。
そこらへんは調整して上手くどうにかやってるんだろうか?
そうだよな、魔法使いたるものそのぐらいの注意力を持たずしてどうするか。
「さっき覚えたばかりの魔法を使ってみたくてうずうずしてたんです!」
「…………え?」
―――あ、あれ?魔法の隠蔽は?
栞は固まる俺の腕を引っ張って食堂を楽しそうに退出した。
その後栞に連れられて、最初に栞を見つけた廊下を通りその近くにあった銀色の扉の部屋に入った。
そこは先ほどの北川と戦ったような闘技場で俺達の他にも既に何人かの生徒が二人一組になって魔法を行使している。
ふーん、あれが魔法合戦か、随分本格的なんだな……。
「祐一さん、私達はこっちでやりましょう」
「あ、あぁ……」
呆然としている俺とは対照的に栞は早速自らの杖を取り出していた。
それは何の装飾もされていない木製の杖、飾り気は一切ない魔法を行使するだけに特化した魔法使いの杖だ。
………俺は気を取り直し、魔法を行使させるだけ距離を離しながら栞に向き直る。
そして俺は空手で両手はぶらぶらと力を抜き魔力を高め始める。
―――そんな俺を見て栞は不思議そうに、
「あれ? 祐一さんは魔道具の類は使わないんですか?」
と聞いてきた。
もしかしたら栞は魔法使いが魔道具の類を使う事が当たり前だと思ってるのか?
それなら勘違いだ、第一魔道具は補助の為の道具。
確かに魔道具は便利だが自己能力の向上を目指すならあまり使用しないほうがいい。
それに俺が魔道具を使う場合は負けられない勝負や実戦の時ぐらいだ。
「まあ気にせず始めようぜ? 俺ならなくても大丈夫だし」
「そうですか……、それじゃあ遠慮せずに行きますねー!」
「おう、いつでもいいぞ」
俺の言葉を聞き、栞は杖を真っ直ぐ俺に向けて構え魔力を高める。
………栞はまだ詠唱破棄はまだ使えないのか。
結構隙だらけの栞を見て俺は少し苦笑する、もし今俺が先手で詠唱破棄魔法を撃ったら栞は反応できるんだろうか?
まあでも魔法合戦っていうぐらいだし、あんまり実戦方式じゃないんだろ。
「―――"天を撃ち抜け灼熱の業火よ、フレアッ!!"」
まずは牽制のつもりか炎系の初級魔法を唱える栞。
すると急に足元から火炎の柱が舞い踊り俺の体を包み込む……。
だが俺はそれに対してあまり慌てず静かに詠唱を唱える。
「―――"水陣の門を持ちて我に向かいし脅威を弾け、ウォーターウォール"」
唱えたのは初級魔法であるウォーターウォール、俺の体を包み込むように展開されたそれは栞の魔法を軽く打ち消す。
………さっきの北川が唱えてきた上級魔法は避けるしかなかったけどこのぐらいなら対処出来る。
しかし、そんな俺の魔法行使には目もくれず栞は続いて次々に詠唱を唱え始めていた。
「―――"水を凍らせ穿て氷の濁流、フリーズッ!!"」
「―――"闇夜を照らす業火と成れ、ファイヤーボールッ!!"」
俺に真っ直ぐ向かってくる氷の波と炎の玉、質より量って事か……。
しかし初級魔法でありながら湯水のように唱える栞を見て俺は少し感心していた。
よほどの魔力容量があるのか栞には全然疲れている様子はない。
「しかしこのままじゃ埒があかない……か、ならば―――"インフェルノッ!!"」
俺は瞬時に思考を切り替え詠唱を破棄し、中級の炎属性の魔法と唱える。
………負担はデカイがこうでもしない限り鼬ごっこだ、一気に勝負を決めさせてもらう!
そして俺の周りを強力な火炎が巻き起こり大地を紅く染め上げた。
巻き起こった火炎の業火は栞の放ったフリーズとファイヤーボールを巻き込み辺りを燃やしつくす。
「………えっ!?」
栞はそんな間の抜けた声をあげて俺の魔法行使に見入っていた。
多分俺が詠唱破棄出来ると思ってはいなかったのだろう、呆気に取られ栞は信じられないようにこちらを見ている。
―――今がチャンスッ!悪いな、栞……決めさせてもらう!!
「―――"ヴィルヴェルヴィントッ!!!"」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
俺が唱えた中級の風魔法、ヴィルヴェルヴィントは栞の体を包み込みその手に持つ杖を弾き飛ばす……!
魔道具が栞の手から離れた……これで、決まったか……?
俺は一応用心のため手に魔力を漲らせながらも栞に向けて勝ちを宣言する。
「俺の勝ち……ってことでいいな?」
「わ、私の負けです……」
栞はぺたりとその場に座り込んでそういいながら負けを認めた。
to be continue……
あとがき
第六話いかがでしたでしょうか?
魔法合戦の栞との模擬戦結果は祐一の圧勝で終わりました。
さてさて、強いのか弱いのかまったくわからない祐一君。
それと今回は魔法が多めに出てきました、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
いい加減これ書くのもだるくなってきたけど……このSSは毎日更新ではありません( ̄∀ ̄)
―――第六話★用語辞典―――
―瞬間移動魔法―
熟練した魔法使いの集大成ともいえる移動系最強魔法。
跳躍魔法や浮遊魔法と違って物体を違う場所に移動させる力を持っている。
その際目の前にどんな障害物があろうと物理法則を無視して移動出来るので移動中はほぼ無敵である。
しかし、その特性からか詠唱時間が長く魔力も大量に消費するため実戦には向かない。
―雪狼―
カノン学園に在籍しているトップクラスの情報屋。
現在は魔法使いの方を優先しているが情報屋は一応続けている。
彼女が持っている情報量は半端ではなく、間違いなくカノンの中では最高の情報屋。
たまに秋子さんも彼女に情報を聞きに来るとか何とか……。
―リヴァーレ戦争―
8年前に起こった故アスラン王国とアヴァター王国との間で起きた戦争の総称。
アスラン軍3万人とアヴァター軍5万人が一度に激突した歴史上でもっとも大きな大戦であった。
その際何人かの人間が後に英雄とまで呼ばれる活躍をしたといわれているが詳細は不明。
―フレア―
炎系魔法の中でも初期に覚えられる簡易魔法。
対象者の足元から火柱を撒き上げる効果がある。
―ウォーターウォール―
水系初級魔法、水の鱗と呼ばれる水で出来た膜が自らを守る働きをする。
魔力を流せば流すほど膜は強固になり、最高中級魔法ぐらいまで質を上昇できる。
―フリーズ―
氷系初級魔法、水を凍らせながらも波のように対象者へと向け放出する魔法。
様々な派生魔法への素となる氷系魔法。
―インフェルノ―
炎系中級魔法、
―ヴィルヴェルヴィント―
風系中級魔法、対象者に向けカマイタチのような鋭い風圧を浴びせかける。
竜巻のような働きをして、対象者の持つ武器を弾き飛ばす効果もある。